ちょっと前、もしかしたらだいぶ前に感じるかもしれないけれど、ほんのちょっと前のお話。
あの日、大きな橋のふもとで夢を見た。
こことよく似た、それでもちょっとだけふわふわした世界。
橋の先に広がる夢の世界にみんなが駆けていく。
でもね、わたしはこっちでまだやらなきゃいけない事があるんだ。
だって、「わたし」の夢は、こっち側なんだから。
それでも、私だって夢を見たいから。みんなと一緒にいたいから。
だから、もう一人の「私」が産まれた。
「私」はわたし。
「わたし」は私。
私は橋の向こう側へ走ってく。
きっとあの橋の向こう側で、私が夢を見てくれる。
わたしはこっちで夢を見る。
それから月日が流れて。
橋の向こうから花火が揚がった。
夜空に大きな虹が掛かった。
橋の向こう側で、きっと「私」が夢に辿り着いたんだ。
向こうに走ってった、みんなと「私」が。
こっちのわたしもすごく嬉しかった。
橋の向こうから「私」が返ってくる。
帰ってきた「私」は「わたし」じゃなくて、すっかり変わってしまったもうひとりの「私」。
「大きくなったよね」
わたしは笑う。
「お互い様さ」
私も笑う。
「もうわたしの面影なんてないんじゃない?」
「でも、私はわたしなんだよね」
そう言うと、私はわたしの中に帰っていった。
これもわたし。紛れもない私。
笑っちゃうぐらいに。呆れるぐらいに全く違うわたしと私。
「あはは」
笑っちゃうよね。
わたしのこの気持ちも、きっと私の気持ち。
それでも。
名前を呼ぶ声が聴こえる。
私を呼ぶ声、わたしを呼ぶ声。
どっちだろう?どっちのわたしなんだろう?
「あなたともっと先へ走っていきたい!」
ああ、わたしだ…。
走っていきたいのはわたし。走っていきたいのもわたし。
どっちも大切な、本当の私。
トキメキが始まった時から逃れられない運命。
「また夢が見たいんでしょ?」
わたしの中の私が首を縦に振る。
仕方ないなぁ。
「全く、暴れん坊になったよな」
わたしはからかってみる。
「それもわたしでしょ?」
私はニヤリと笑う。
「行ってきな」
橋の向こうへ、もう一度走っていく私を見送りながら、私は苦笑いする。
やれやれ、こっちの夢もまだまだ先があるのに、あっちの旅を見守るのももう少し続きそうだ。