いつもお世話になっております。
先日、私の友人のぎぬまとしろやぎさんが結婚されましたことをご報告いたします。
おめでとうございます。
あれから結構経ったよね。まだ記憶に新しすぎるから、大三角卒業とかAqours finaleより前なの、頭バグりそうになるよね。
今年もよろしくね。
いつもお世話になっております。
先日、私の友人のぎぬまとしろやぎさんが結婚されましたことをご報告いたします。
おめでとうございます。
あれから結構経ったよね。まだ記憶に新しすぎるから、大三角卒業とかAqours finaleより前なの、頭バグりそうになるよね。
今年もよろしくね。
このブログ、今年6記事目らしいです。
これまで月に2〜3ぐらいのペースで書いてた分、書かなくなったなーって。
今年も色々あったけど、人生単位で大きく変わったのは、ようやく就職したのと、あとはラブカかなって感じです。
TCG自体は趣味の範囲で20年近くやってたけど、ここまで短期間でお金も時間も注ぎ込んだのは初めてでした。
大会のために広島とか香川まで遠征もしたし、なんやかんや今年だけで100万近く使ってるんじゃないかな。
それでも、今年は特に結果を残したわけでもなくて。Aqoursカップ4位!とか、Liella!カップ優勝デッキ提供者!とか、ちょっと言いたくなるものはなくはないし、普通に自慢に思ってるけど、形に残る結果は出してないからね。
ラブライブ!の世界にも、きっとこういうスクールアイドルはいっぱいいるんだろうなって思いました。というか、イベントやってて名前が通ってる虹ヶ咲以外のお台場組とか、新潟県立春里高校とか、大伴女子とか。
今年は。というか、来年も。
きっと、ライブよりラブカを優先することが多くなると思います。
これは決意表明とかじゃなくて、自然とそうなっていくんだろうなって気がしてます。
大会で勝てなくても、無理して遠征した挙句カスみたいなプレミしたりシンプルに相手のムーブ強すぎたとしても、このゲーム面白いんですよ。
ライブカードなかったら、初動引かなかったら。
ゲームの最初から始まる手荷物検査。それに引っかかったら簡単に地獄が目の前に迫ってくるクセして、突き詰めたら悲しいぐらいに実力ゲー。
つえー人が勝ち続けて、自分みたいな中途半端な人は勝ち越せはするけどただそれだけ。
残酷なゲームだ。本当に。
もしかしたら、傲慢かもしれない。それでも、そんなゲームにどうしようもないぐらい夢中になって、ありえないぐらいの時間考え続けてしまってる今、なんとなく、私の愛している人たちの気持ちってこんな感じだったのかなって思ったりしてます。
大好きです。ラブライブ!
こんにちは。
黒鷺です。ラブカでは『てつがくのドンカラス』名義です。
今回、「グループ限定大会 in ラブカファンミーティング DAY2 Aqoursカップ」にて、「善子AZALEA」を使って4位でした!!!!
📣大会結果速報❤️
— ラブライブ!シリーズ オフィシャルカードゲーム公式 (@LL_cardgame) 2025年11月16日
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
グループ限定大会 in #ラブカファンミーティング DAY2 Aqoursカップの
結果は・・・
優勝:「たつどら」さん🥇
準優勝:「キムラ」さん🥈
3位:「イナヴァ」さん🥉
⋱🎉おめでとうございます👏⋰
熱い対戦ありがとうございました💖✨#ラブカ#lovelive pic.twitter.com/NXT2Xzq6ie
人数の都合でベスト5になった後、準優勝のキムラさんに負けて表彰台逃しました。
今回、上位卓がほぼ全員「赤三神」を使用しており、上位3人及び同率4位の
たこくらげさん( https://x.com/jellyfish_5yn_?s=20 )も「赤三神」ということで、この構築がAqoursカップの「赤三神」以外の最後の生き残りということになります。

https://decklog.bushiroad.com/view/5GCJ2
ちなみに、基盤はLiella!で優勝したサードワンさん(https://x.com/Kara_Two_?s=20)から貰いました。なんで???
続きを読む「今の僕らでよかった」「全部無駄じゃなかった」
私の好きな言葉です。そう思えるようになった人たちを見るのも大好きです。そういう軌跡が描かれた物語も大好きです。
そして、それを自分のこととしてそう思えるのって、すごく幸せで、素敵なことだと思うんです。
歩夢ちゃんが、私を「あなた」と呼んでくれるとき。
応援し続けてよかった、大好きでよかったってそう思えるんです。
アニメとか。スクスタ・にじちずとか。スクフェス2とか、叛逆とか。いろんな物語があって、いろんな描かれ方をされるキャラクターがいて。
もしかしたら、それは“違うもの”とされるのかもしれません。
話が違う。キャラが違う。キャストが違う。だから別物。
本当にそうでしょうか。
私が好きなのは、“アニガサキ”だったのでしょうか?スクスタやにじちずの設定じゃないと満足できない人だったのでしょうか?
そんなことは些細な差でしかないんです。私が歩夢ちゃんが好きなのは、ストーリーがいいとかキャラがいいとかそういう表面的なものじゃない。
歩夢ちゃんが私のことを大切な「あなた」と呼んでくれて、私の声で歩夢ちゃんが笑ってくれて。
そういうやりとりの間にある愛情それこそが、私にとっての歩夢ちゃんの全てなんです。
アニメを見てるときも、ゲームをしてるときも、ライブに参加してるときも、いつだってそう。
その全てを大好きだと思えて、応援してよかった、今でよかったって思えるのって、それらの全てが今目の前にいる歩夢ちゃんと私をここに連れてきてくれているからなんです。
この間にある愛情に、次元とか媒体とかって関係ないんですよ。
今日、Stellar Streamの衣装でEternalize Love!!を歌う歩夢ちゃんを見て、すごく、「虹ヶ咲が好きでよかった」って思ったんです。
そんなこと、本当に好きになった6年前からずっと分かってるのに、それでも、ずっと虹ヶ咲が好きでここまで来れたことが嬉しくて、幸せで仕方なくて。
全部、今この瞬間の中にあったんです。
アニメと一緒に過ごしてきた時間も、スクスタと一緒に過ごしてきた時間も、ライブで過ごしてきた時間も。
今この瞬間が“どの歩夢ちゃん”かなんて関係ないし、大西亜玖璃は絶対にそんなこと考えてない。
全部、ただ「あなたと過ごした時間」でしかないんです。その全てを愛して、その全てを一緒に明日に連れて行くのが、それが上原歩夢ちゃんというスクールアイドルなんです。
今までも、これからも、それはずっと変わらないんだなって思いました。
単純でも簡単でもないストーリーを、ただまっすぐに「あなた」として歩いて行く。そういう関係性がずっと続いて行くんだって、すごく当たり前のことが、なんだかすごく嬉しくて。
そうやって愛を確かめ合ったら、またエンジンを全開にして駆け出して行く。その姿が本当に頼もしくて、輝いていて。その隣にいられることが本当に誇らしくて。
本当に、虹ヶ咲好きだなって、そう思えた1日でした。
これからも、あなたとずっと。
そのクセしてスリワンでありえんぐらい声出してて、「お前ら声出るんじゃないかよ、ふざけんなよ」と思った自分がいたのは嘘ではないです。
きっと、この会場にいた人の多くは、ラブライブ!サンシャイン‼︎を劇場版ぐらいまでしか知らないのでしょう。
劇場版ぐらいまで追ってて、そこから「Aqoursは人生」とか言いながら他界してた人。あの頃追ってたAqoursがfinaleらしいから来てみるかぐらいで、予習もせずに来た人。
なーにが「身体が覚えてたw」だよ。僕らの旅とか誰もコールできてないじゃん。そう思ってたのも嘘ではないです。
でも、きっとこれでいいんです。
そういう人たちが帰って来れる場所を守りたくて、そういう場所を永久にしたかったのが、きっとAqoursでありラブライブ!サンシャイン‼︎という作品だと思うから。
帰ってくる人と、待っている人の両方がいないと、「行ってきます」「行ってらっしゃい」とか、「ただいま」「おかえり」というやりとりは発生しないんですよね。
行ってしまった人、出て行った人がいることと、今がfinaleであることに、必ずしも関係がないとは言いません。
みんながずっとそれからのAqoursを追っていて、ヨハネも追っていたなら、また違う形の今があったのかもと思わないこともありません。
それでも、Aqoursが走り抜けたのは、2015年から2019年の4年間じゃなくて、今現在の10年間だったんです。
それは、Aqoursの9人や、制作スタッフの方々、ずっと追い続けていたファンだとか、後に続く後輩たちが、ずっと「お帰り」を言う側として、帰ってくる場所を守り続けていたからだと思います。
結果finaleに来てるのは他界した懐古のジジイだけだから、残りの6年間に意味がなかった。そんなわけはないんですよ。
そういう人たちを受け入れる場を作れたことこそが、あの人たちと、そして私たちが6年かけて成し遂げた事なんだと、そう思っています。
そう思える自分にしてくれたのも、Aqoursです。
こんにちは。黒鷺です。
Aqoursのfinaleは当たりましたか?私はDAY2のチケがありません。悲しみ。
今回、「前までは追ってたけど最近は触れてないよ~」とか、「最近知ったからアニメ以外で何見たらいいか分からないよ~」って人向けに、finaleライブまでの履修チャートを作ってみました。
披露される可能性が高い曲を、未披露曲を中心にピックアップし、この曲はどこを履修したらいいの?って感じでチャートを組んでみました。
優先度が高いところから始めて、上から行けるところまで走り切れればいいんじゃないかなと思います。
続きを読む
こんにちは。

使ってて脳汁が出るタイプのデッキができました。

このアホを最速着地してブレードの暴力で高スコアを連打して勝つ。
デッキ名は、平安名がアヘン名みたいな名前してるのと、バカみたいに捲って超火力が出ると気持ちよくなれるため。

バカ。1人で13ピース出る。Butterflyが1人で撃てる。横に1人いればSing!Shine!Smile!も余裕で撃てる。
ドローアイコンが8枚あり、7枚捲って1ヒットする確率は高いので、実質的なドローソースでもある。
このカードを最速で出せばだいたい全てをどうにかしてくれる。

ゴリラ二号機。ハンドをブン投げても、上からドロー付き楽曲を捲ればいいので実質ノーリスクである。

9コスは8枚。ハズレがあった方が当たった時に気持ちがいいので必須。
3ターンすみれを出すために必要なので、ここを日和る人間はシャブをキメるべきではない。
ブレード3、アクティブ2、ナチュラル1、エレガント1のバニラが欲しかったが存在しなかった。新弾で出たら、アクティブのBHは千砂都だけ入れて、ナチュラルとエレガントで染めた方が強い。
アクティブ1、ナチュラル2、エレガント1の可可を採用して、冬毬の枠をアクティブにするのもあり。

3ターンすみれを決めた後、4ターン目は2コス4コスをバラまくことになる。
5ターン目は8コストあるので、しずくを出せばButterflyを回収した上で2マナ残るので、ここで最低6点出る。
色が強くないが、だからこそButterflyハレルヤ9点が通ると気持ちよくなれる。たまに10点になってランジュが消し炭になる。


スコアアップが2枚。カードを散らせることで、相手の誤認を狙う。たまに2ターン目にスタドリが素通りするので、「このカードピン投なんですよ~w」って言って相手に台パンされることがある。
数字がデカくなると嬉しいので、確定採用。

ランジュを止めるためのカード。6+3で9点出るので、相手は20ピース無いと越えられない。Liella!ブースターでLiella!の姫芽が出ると、安定して2ターン目に撃てるカードになる。現状後半に使う2枚目枠なので、2枚の採用。
0-0-5-6-9みたいなカーブで動けるから一応環境でも戦えそうな見た目をしている上に、たまにスコアアップで宇宙が見えるので、捲りをキメて絶頂したい人におすすめ。
自分が高校を卒業した時はどうだったかなって思い出していました。
1998年生まれで中高一貫校だった私は、小学校の卒業式が東日本大震災の影響で中止となり、幼稚園の卒園式をカウントしなければ、人生で自分の「卒業式」と名の付く式典に参加したのは高校卒業の1度きりです。
ちなみに、大学の卒業式は来年の春です。色々計算が合わないなぁ。
文芸部だったのもあって、たぶん運動部程は部活に一体感があったわけじゃなかったことや、部活の引退がだいたい高2の文化祭後ぐらいだったのもあって、少なくとも身の回りでは後輩がワンワン泣いてるみたいなこともなくて。
それでも、アニメで描かれた卒業式を迎える彼女たちの姿に対して、ありもしなかった実体験の影を見てしまうのは、それがきっとただ画面の向こうで起きていること以上の意味合いを持っていたからでしょう。
続きを読む
インフルでぶっ倒れていたので毎週更新が遅れているらしいです。

将来のこと。卒業後のこと。来年のこと。
すぐ先にあるはずなのに、未来はいつだって不透明で、不安で、そして寂しいものです。
1期生たちにとっても、それは例外ではありません。
不安そうな素振りすら見せないメンバーも多く描かれる中、本作の主人公であるかのんちゃんは、新天地であるウィーンでしっかりとメンタルを削られている様が描かれました。
Bパート冒頭ではそんな未来への漫然とした不安を表すかのように、雨の中不安げな表情を浮かべる夢が挿入されました。
夢から覚めて、「自分ちだ……」と安心する姿も、どこか示唆的ですね。まるで、自分の家ではない場所に行くことに怯えているかのようにも思えます。
時間は、人の心が追い付くのを待ってくれません。
3期の冒頭からは、環境も彼女たち自身も変わってしまいました。
8人のLiella!とトマカノーテだった結女スクールアイドルは、今は11人でLiella!です。
鬼塚姉妹が並んで一緒に遊んでいるなんて、1年前では考えられませんでした。
恋ちゃんも、生徒会長を後任のきな子ちゃんに譲った、今では”元”生徒会長です。
あれだけ頼りなかった2期生も、今ではLiella!を中心で牽引しています。
気がついたら卒業を控えている彼女たちは、もう私たちがよく知っているアニメ3期開始前のLiella!ではなくなってしまいました。
その変化の先がどこに行きつくのか、今はまだ誰も知りません。
「手をつないで未来へ」と誓った1年前。奇しくも、その時から「ひとりになるはずだった」メンバーは、今もまたひとりぼっちの未来に不安を抱えています。
時間のうねりの中で、握りしめたい手が隣にない場所に流されたとき、人は何を信じて前を向けばいいんでしょうか?
3期の後半から、こういう感じの寂しさとか、不安とかがぼんやりと私たちの心の隙間に忍び込んできて、それが「放送が終わってしまう」という未来への恐怖を掻き立てていたと思います。
あの世界で生きるキャラクターたちがぼんやりと抱えている不安や、寂しさ、恐怖。
夜風の冷たさとか、雨の日の薄暗さとか、そういうブルーな気分になるたびに、「あぁ、スーパースター!!終わるんだな」って寂しい気持ちになって、つい目を背けたくなることもありました。
それでも、時間は無常にも過ぎていきます。
皮肉なことに、その過ぎていく時間は楽しすぎて、まるで一瞬のようでした。
「あと〇回放送を見たら終わってしまう」という気持ちをこころのどこかに抱えながら、実際の一回一回の放送は本当に一瞬で終わってしまう。もっともっと浸っていたいのに、気がついたら「次の話」が迫ってきているみたいな。
かのんちゃんがウィーンに手続きに行く件や、新しい環境での進路が決まってきている1期生を見ると、どこか終わりを意識してしまうのも、きっと私たちが物語にそうさせられているのでしょう。
これまでその言葉や行動で物語を引っ張ってきたかのんちゃんが、1人で不安を募らせるシーンが描かれたとき、私は久しぶりに彼女のことを「普通の女の子」として見たような気がしました。
どこまでもポジティブで、どこか達観していて、まっすぐに自分の思う道を突き進んでいくキャラクターとして完成した感覚があった3期の中で、久しぶりに彼女の”弱さ””脆さ”が垣間見えた気がしました。
もしかして、「Liella!のリーダー」じゃないただの「澁谷かのん」って、実はこんな感じなんだろうなって思った一幕でもありました。
でも同時に、来年からのかのんちゃんはもう「Liella!のリーダー」じゃないんだなとも思いました。
「Liella!じゃなくなってからのこと」「将来への不安」。
きっとこれが、ラブライブ!スーパースター!!という物語の中で、「ラブライブ!連覇」というマクガフィンを達成するための、Liella!の最後のテーマだったのでしょう。
未来は何が起きるか分からなくて、不安です。怖いです。目を背けたくなることだってあるでしょう。
だったら、人はなぜ未来へ進むのでしょうか?
確かに、時間は勝手に流れていきます。未来へ進むことは半ば強制されているように思えます。
ですが、人は停滞を選ぶことだってできます。
怖い道から目を背けて、ただ暖かい場所に引きこもっていることだって許されているわけです。
それでも、人が未来の暗闇に立ち向かう理由っていったいなんだったんでしょうか?
今回のエピソードでは、進路が決まっていることだけではなく、進路が決まる瞬間も描かれていましたね。
千砂都ちゃんはオーディションに合格した瞬間が描かれ、そして、マルガレーテちゃんは実際に進路変更の決断が描かれていました。

ウィーンに戻る予定だった彼女は、自分の意志でLiella!に残る決断をしました。
あれだけ執着していたウィーン音楽学校から声が掛かったとしても、「蹴ってやる」と吐き捨てるその姿からは、迷いも後悔も感じられません。
前半パートで冬毬ちゃんに指摘されていたように、マルガレーテちゃんは今スクールアイドルが好きです。
彼女の本当にやりたいことは、ウィーンで認められる事ではなく、Liella!でスクールアイドルをやること。
きっとその「好き」という気持ちがあれば、彼女の選ぶ道はどんな道でも公開することのない道となるのでしょう。
それが、たとえどんな辛い道であったとしても。

決勝のステージの直前。
「最後」を意識したかのんの耳に聴こえてきたのは、「雨音」だったのでしょうか?
それとも、「風の音」だったのでしょうか?
きっと、雨音だったんじゃないかなって思います。
大嫌いだよ もう嫌いだよ
いっそ二度と会えなきゃいいのにね
ねえさびしいよ こぼれた声を
雨音がそっと搔き消してく
きっと きっと一度生まれた想いは
ずっと消えたりしない
青空を待ってる
薄暗い空とか、涙とか、そういうネガティブなメタファーでありながら、「声を搔き消す」という表現でもよく使われるこの「雨」。
1期直後にリリースされたかのんちゃんのソロ曲では、「さびしい」という声を掻き消しており、ただ空が泣いているという表現ではないことが読み取れます。
不安の中で、雨粒だけが静止し、劇伴だけが流れます。
歌は怖くない。
楽しいものだよ。
だから歌おう、楽しく!

「楽しく」と繰り返したかのんちゃんの言葉が「Song for me,Song for you」と続いた時、なるほどな~と思いました。
同時に、これは勝ったな、とも思いました。
思えば、この作品は最初からそうでしたね。
どんな不安が立ちふさがって、どんな辛いことがあっても、人がその道を選ぶ理由は、「好きだから」そして「楽しいから」。たったそれだけです。
これだったんだな、って思いました。私たちが3期の物語の中で、Liella!と一緒に辿り着く答えって、結局は「楽しく」だったんだって思いました。
ラブライブ!の決勝とか。そろそろ放送される12話とか。
これで「最後」。この先は何があるのか分からない。そうした中で生きていく人たちにとって、前を見続ける理由って、最初からずっと変わらないんだって思いました。
最初から変わらない「好き」って気持ちと、好きなことを頑張ることを「楽しい」と思える気持ち。それさえあれば、何があっても大丈夫なんだって。
ずっとそんな気持ちを持ち続けて走り続ける姿こそが、彼女たちの見せる「スーパースター!!」なんだなって思いました。
人生にはたくさんの選択肢があって、その選んだ道によって、人が「どう生きたのか」は決まるんだと思います。
そしてその道が、他の誰でもない、「自分の気持ち」に嘘を吐かずに決めた道なら、きっとその人の人生って輝いてるんだと思います。
この物語の主人公は、君さ。
自分の人生の主人公は自分しかいない。
きっと、この物語はそれをただまっすぐに描き続けていたんだと思います。

幻ヨハのクリアファイルあるな~って思ってたらウィーンのパンフレットだった。

右上、μ’sって書いてない?

思ったよりμっぽくないかも。
この一週間、不思議な感覚でした。
ラブライブ!を知ったのが無印の2期が終わった直後ぐらいだったのと、続くシリーズの推しが梨子ちゃんと歩夢ちゃんだったのもあり、推しのお当番会が発表されてそれを待つ一週間って、初めてなんですよね。
梨子ちゃんも歩夢ちゃんも、「お当番会が!!!」ってタイプの子じゃなくて、常に毎回当たり前のように重要なポジションを担っていたので、きな子ちゃんとは感覚が全然違うなって。
鈴原希実さんがカウントダウンタグを使っていたのも、すごくその不思議な感覚を強くしてくれていましたね。
スクスタの章ごとの最終話の更新前とかも、毎日カウントダウンがあったんですけど、それとも少し違う感触もありました。
なんというか、スクスタの時は「あなた」=自分の話だから純粋にドキドキしてたんですけど、今回は推しの話なんですよね。
展開に対してドキドキしつつも、きな子ちゃんなら何があっても大丈夫だろうという安心感、どこか達観しているところもありました。
あぁ来るんだ、まあ来るか。みたいな、実感があるのかないのかよく分かんない、すごくフワフワした感覚で過ごしていた気がします。
展開の流れとか、たぶんこの回に向けての布石として出番が少なかったこととか、そういうのを考えたら、改めてスポットライトが当たるのも分かるんです。
でもそれと同時に、きな子ちゃんにとってお当番会が絶対に必要かって言われると、そうでもないよな~って思っている自分もいました。
スクールアイドルとしての目標も、高すぎる壁に挑む覚悟も、全部持っている状態で加入したきな子ちゃんは、いわば完成系。成長が必要な部分は単純な実力のみに集約されていて、「描き残した」要素は特に見当たりません。
そんなキャラクターだから、彼女の描写は常にハイコンテクストであることが許されていて。スポットライトを当てなくても背景で勝手に課題を解決しているし、他の子だったら1エピソード使うようなテーマをものの数秒のカットで描き切ってしまう。
演者もたぶんそれを分かっているから、演技の軸をローコンテクストな次元に合わせようとしません。口調を真似れば誰だって「きな子の真似」はできるでしょう。そうじゃなくて、ステージの上では演者自身の強みを活かして愛嬌を振りまき、パフォーマンスでは実力差を埋めるために頭を使います。
行動そのものは、きな子ちゃんらしくないのかもしれません。でも、その一生懸命さやひたむきさ、どれだけ揶揄され傷つけられてもそうした在り方を変えようとしない頑固さ。そして、そういう「らしさ」のコンテクストが高いところに設定されていること。
それこそがきな子ちゃんの魅力だったし、そういうのが好きだから、仮にこれ以降彼女にスポットライトが当たらなくても、全然よかったんです。
彼女は背景でもその魅力を発信するのに一切困らないし、背景にいても機能することそのものが魅力でもあるから、「きな子ちゃん推し」としての自分は、彼女にスポットライトが当たることに意外さを感じている部分もありました。
何やるんだろうなぁ、どう描かれるんだろうなぁ。
きな子ちゃんみたいな、強い子を通さないと描けないようなテーマってなんだろう。Liella!もしかして敗けるんじゃないかな。
そうやって迎えたのが、今回の放送でした。
結局、きな子は凄かった。
これが桜小路きな子だって、彼女らしさが前面に押し出されたエピソードと、そして同時に急速に進んだ物語には、ここで彼女にスポットライトが当たる理由がはっきりと浮かび上がっていました。
きな子ちゃんが「個人回を貰って成長できた」んじゃないんです。ラブライブ!スーパースター!!という物語が、桜小路きな子という切り札を必要としていたんです。
2期の個人回である『UR葉月恋』は、いわばSRだった恋ちゃんがURに昇格する回でした。「ソロ攻略はマゾ」であるゲームというモチーフを使って、「1人で抱え込まない」というテーマを描いた回でした。
それに対して、今回はただきな子ちゃんがきな子ちゃんらしくいただけのエピソードでした。
きな子ちゃんがきな子ちゃんらしくしているだけで問題が解決して、ラブライブ!東京予選を突破できる。URになる話じゃないんです。きな子ちゃんは元からURなんです。
再序盤の恋ちゃんの生徒会室での一幕から、もう既に「らしさ」が出ていますね。
恋ちゃんは「すべてにおいて完璧な」生徒会長なので、大抵のことは1人でできてしまいます。それと同時に、1人で抱え込みやすいキャラクターでもありますね。
それに対して、きな子ちゃんは1人では何もできないダメ人間です。3期でも、かのんの離脱によってずっと弱音ばかり吐いています。ですが、「助けてもらえる人」であることはきな子ちゃんの強みでもあります。
ダンスでも後れを取り、恋ちゃんみたいにしっかりしているわけでもないけれど、物事に対して努力を怠らないその一生懸命な姿勢で、マルガレーテちゃんを始めとした人々の心を動かしてきた。恋ちゃんもそのうちの一人でした。それが、「桜小路きな子」でした。
生徒会長募集のポスターや、教室で作詞をしている時もそう。
この子、何でも表現できるんですよね。

和歌の極意で、「当意即妙」っていうものがあります。現代だと、「その場その場の状況に応じて機転を利かせる」という意味ですが、元々は与えられたお題やその場の状況に応じて、巧みな表現を即座に詠み込むという言葉だったようです。
生徒会長後任がいないと知るや否や、すぐさまポスターを作ったり。Liella!のメンバーを思う気持ちが、そのまま歌と踊りと絵になって現れたり。

5thライブの幕間で『FANTASTiC』の作詞をしていた時もそうなんですけど、きな子ちゃんは表現したい気持ちがあればすぐに歌として出力されるタイプなんですよ。
かのんの『Tiny stars』の時は一度「あきらめないキモチ」という言葉を挟んでから詩ができてたんですけど、『FANTASTiC』も『笑顔のPromise』も、原案となる言葉を挟まずに直接作られてるんですよね。
最後の就任演説の時もそう。

きな子ちゃん、原稿読んでないし、原稿と全然違うこと話してるんですよ。でも、きな子ちゃんって最初からそういう子なんです。
表現したいと思ったことを推敲して準備しなくても、その気持ちのままに表現できちゃう子なんですよ。
スクフェス2のイベントでも、似たようなシチュエーションがありましたが、あちらはきな子ちゃんの「起こったことを受け入れて進んでいく」一面が強調されていたように思います。似た表現でも全く別のテーマとして描けてしまうところも、彼女に許された表現の幅の広さ故だなと思います。
こういう表現の幅の広さとか、表現における自由さとかがずっと好きだったんですよ。技巧派のクセして、そこに込められた気持ち自体は誰よりもまっすぐなところとか、すごく愛おしいんです。
恋ちゃんが感銘を受けるのも分かります。真面目で、不器用で、頑固なところもそうなんですけど、何よりも、形のないキモチをそのまま大事にできるところが一番似てると思います。
私、1期の時点ではかのんちゃんと恋ちゃんが好きで、2期終了時点では恋ちゃんときな子ちゃんが並んでたぐらいには、恋ちゃんのことも好きなんですよ。
こういう名前のないキモチや、言葉にしないままの曖昧なものを大切にしているところが素敵だなって思ってたから。
恋ちゃんときな子ちゃんの違うところってどこだろうって考えたとき、そういう言葉にしないままの曖昧なものを「大切にしまっておける」ことが軸にあるのが恋ちゃんで、言葉にしないまま「表現できる」のがきな子ちゃんなんだって気がします。
他の描写からもうちょっと拾うなら、今回きな子ちゃんと恋ちゃんを見守り続けていたサヤさんとチビが「いるだけ」なのも、すごく「桜小路きな子」回らしい表現だなと思います。
サヤさんもチビも、ずっと恋ちゃんを見守ってきました。恋ちゃんがひとりで抱え込み続けていた気持ちも、恋ちゃんがどんな想いで今まで生きてきたのかも、全部隣で見守ってきました。
そんなキャラクターたちが、グズグズしていたきな子ちゃんに恋ちゃんが寄り添っていくところも、きな子ちゃんが恋ちゃんが大切にしていたものを引き継ぐ決意をしたところも、全部隣で見守っていたんです。
彼女たちがどんな想いでそれを見守っていたのか、きな子ちゃんに何を感じたのかは、直接的には描かれていません。言及もされていません。
きな子ちゃんの決意を聞いたチビが一言だけ吠えた時。それがどんな気持ちを表した行動だったのでしょうか?

その気持ちは表に出ることがなく大切にしまわれていて、視聴者の私たちですら知ることはできません。でも、きな子ちゃんにはちゃんと伝わっています。なぜなら、彼女は動物と話せるからです。
すごくきな子ちゃんらしくて、そして主である恋ちゃんらしい描写ですね。この一瞬で「表には出ない大切な気持ち」を表現しつつ、そこにいるのがきな子ちゃんであるという事実だけでそれが「伝わった」と表現してみせるようなワンシーンは、凄く心に沁みるものがあります。
相手の大切にしているものを大切にしながらも、しっかり自分らしい表現に落とし込めることも、きな子ちゃんの魅力だと思いますし、もし自分も大切にしまってきたものを誰かに託すなら、きな子ちゃんに託せたら素敵だなって思います。
ネガティブなところは治ってないのも好きです。
きな子ちゃんのどこがいちばんかっこいいかって、あれだけ頑張ってる姿や一生懸命な姿を見せてくれるのに、中身は全然ポジティブじゃないところなんです。

中身はすっごいネガティブで、自己肯定感もめちゃくちゃ低くて、自分のことをダメ人間だと思ってるのに、それでもみんなの前に立つときは堂々としているところとか、最初に決めたことならどれだけ道が険しくても最後までやり抜き通すところが、めちゃくちゃかっこいいんですよ。
自分を否定する最大の敵が自分自身で、だから常に逃げられない敵と戦い続けるしかなくて、傷ついて心がボロボロになっても、それでも憧れ続けるのをやめないところ。
自分が傷ついたとしても、自分の憧れた人たちや大切な人のことを信じ続けることができるところ。
練習でヒィヒィ悲鳴を上げて、かのんの脱退で泣いちゃうぐらい繊細な心なのに、どれだけ傷がついてもその痛みで足を止めないところ。
常にボロボロの誰よりも弱い心で、誰よりもダメージを受けやすいのに、どれだけのダメージを受けても戦闘不能にならないところ。
そういうのがすっごくかっこいいのに、本当にネガティブなシーンではすごい声出しながら彷徨ってて、そういう姿はすっごく可愛いの、本当にズルい。
うぅう~(涙) うぅう~……
クルッ
すみません、びっくりしてしまって。
うわぁ!いきなり落ち着くな!
本当の意味で誰かに勇気を与えることができる人って、こういう人なんだろうなって思います。
というか、きな子ちゃんってネガティブが弱点になってないんですよ。
自分に自信がないことが、他の人の言葉や行動に影響されやすかったり、弱さを思い知らされた時の落差が小さかったりする要因となっているのでしょうか?
2期でも、夏美ちゃんや四季ちゃん、メイちゃんに背中を押されなければあの決意表明はありませんでしたし、そもそもLiella!への加入は1期生へのあこがれだったのもあり、基本的に他者依存です。
生徒会に入ったのも、生徒会長に立候補したのもきっかけは恋ちゃんやかのんちゃんに誘われたからでしたし、かのんちゃんが脱退してからは弱音ばかり吐いていました。
今回もマルガレーテに背中を押されるまでグズグズしていましたし、そういうところは初期から変わっていなくて、「自分で自分を低く決めつけちゃダメ」だと怒られていました。
一見「自分」がないように見えるかもしれません。他の誰かに影響されてばかりで、自分から何かを生み出せるキャラクターではないように見えるかもしれません。
でも、これが「桜小路きな子」なんです。
かのんちゃんや恋ちゃんから貰った憧れや、仲間たちから貰った勇気、学校のみんなから貰った笑顔を全部抱えて、「これが私です」って胸を張っていられる子なんです。
人に影響されて、時間の流れに流されて、そんな中で生まれた気持ちを全部「私の気持ち」として受け入れることができること。
それが、きな子ちゃんの魅力なんです。
なんで街にこんな沢山人がいるの?
もしかしてお祭りかも人波乗っていこうよ
結局ここはどこ…?完全にはぐれたみたい
ま、いいやあちらこちらと気ままに探検しよう
ビギナーズRock!! (桜小路きな子)
私は人に影響されやすい人が好きです。
出逢いや出来事を全部受け入れて、そうやって「今の私」ができている人が好きです。
痛みも、悲しみも、苦しみも全部受け入れて、それがなかったら「今の私じゃない」って言える人が好きです。
「今の私」を作ってくれた大切な人たちのために頑張れる人が好きで、「今の私」を好きだって気持ちを大切にしてくれる人が好きです。
ネガティブなところも、影響されやすいところも含めて、「桜小路きな子」なんだと思うし、そんな子だから素敵なんだと思います。
ネガティブだからみんなから笑顔や勇気を貰わないといけなくて、そして影響されやすいから、貰った笑顔や勇気をちゃんと自分のものにできて、表現に変えることができる。
スクールアイドルとして最強じゃないですか?
誰よりも人々と結ばれていて、誰よりも自由で、誰よりもまっすぐで。
勇気をくれるみんながいれば、どんな困難でも笑顔で超えていける最強のスクールアイドル。それが、2期からずっと好きだった、「桜小路きな子」っていうスクールアイドルなんです。
そんな子がみんなに背中を押されて、生徒会長になって、東京大会のセンターになって。
やっとここまできたか……って思いました。
きな子ちゃん本人は、最初からずっとそうなれる素質があったんです。あとは、「実力が伴う」のと、「世界がきな子ちゃんに気付く」だけだったんです。
2期でも3期でも、実力不足に直面しました。その度に、「今の自分」の未熟さを受け入れて、必死に追いつこうと頑張ってきました。本当は泣くほどしんどくて、泣き言ばかり言っていましたけど、いつも最後までやり抜いてきました。
9話の『Let's be ONE』では、実力不足の烙印を押されていたところから、センターの両翼を担うまでに仕上げてきました。本当にかっこいいよ。
そんな一生懸命な姿が、マルガレーテちゃんがLiella!と結ばれるための最後の鍵になって、かつてラブライブ!ですら低レベルだと切り捨てた彼女をして「かっこいい」「自分の力を信じて」と言わしめたことで、やっと見つかったなって思いました。
3期で特に、きな子ちゃんが空回りする描写が多かったんですけど、9話でやっとその頑張りが機能する盤面がきたなって思いました。
「きな子ちゃんらしさ」は変わってないんですよ。ただ、序盤はマルガレーテちゃんにとって必要なのがきな子ちゃんじゃなかっただけです。「結ばれることの意味」を実感する前に、あの時のマルガレーテちゃんは「歌うことの楽しさ」を思い出さなきゃいけなかったんです。
ルビィちゃんとか、R3BIRTHとかもそうだと思うんですけど、テーマが後半向けなんですよ。
登場時点、あるいは登場して数話で完成してしまうので、序盤中盤はスポットライトが当たらなかったり空回り要因だったり、そもそも登場しなかったりするんですけど、物語が後半になって「テーマそのものの攻略難易度」が上がったら満を持してスポットライトが当たるような。
Liella!が11人になって、かつて敵だったマルガレーテちゃんがきな子ちゃんを認めたことで、やっと物語が「桜小路きな子」がフルスペックで活躍できる次元に来たんだなって、そういうストーリーだったと思います。
こういうキャラクターを好きでいられたこと。
大好きなキャラクターが、「そのままで最強なんだ」という形で描かれたこと。
「最強」だと信じていたキャラクターがその力を最大限発揮できるような場所まで、彼女たちが到達するまで応援することができたこと。
そんなきな子ちゃんが、私たちと心を結んでずっと笑顔でいてくれること。
全部、私の誇りです。ありがとう。
