#てつがくのドンカラス

それでは皆さん元気よく!不意打ち追い討ち?桜内!得意な技は?タイプ不一致!

トキメキの音を探して。

 アニメ全13話を経て、音楽の道へ進むことを決めた高咲侑。

 

 彼女が初めて自らの手で産み出した音が、第13話『みんなの夢を叶える場所』で9人から「あなた」へのメッセージソング『夢がここから始まるよ』へと進化を遂げた事は、「あなた」としてこの作品を追いかけてきた人々にとって、やっと侑が「あなた」として同じ場所に辿り着いたような、不思議な感慨深さを感じさせるものだった。

 

 

 

 さて、視聴者である私たちの現身としての「あなた」という概念を作中に登場させるために設定された高咲侑。

 

 この作品は、徹底して「視聴者目線=高咲侑目線」を貫いてきた。露骨なまでに分かりやすさが前面に出され、何かが起きてキャラクターの心情に変化が起きたならその都度侑や愛、エマらによる説明が入る。

 逆に、『しずくモノクローム』のように侑の関知しない箇所に関しては、まるで演劇を見ているかのように難解に描かれたし、歩夢やせつ菜の葛藤が直接描かれたのは、侑に認識できる、侑目線で導き出せる範囲だけだった。

 

 本当に、侑目線で描かれ、そして視聴者である私たちの視点も何度も侑目線に調整されていった。

 先代と比べて明らかにスローテンポで描かれたこの作品は、侑の感じた事、侑の見聞きしたことをくどいぐらいに理解させようとする。

 ともすれば、「その描写いる?」と疑問を投げかけられない程に、念入りに描写される情景たち。既存の作品に馴れた人からしたら分かり切った事、押して図る事のできるような事でも、冗長に感じてしまいかねない展開でも、それでも丁寧に丁寧に、誰が見ても侑と同じ世界が見えるように。

 

 そうやって作られてきた作品だった。

 

 

 また、彼女の進む道は音楽だが、先代のように歌詞を書くことだって表現手段なのに、彼女は音楽を選んだのである。

 

 

 だからこそ、最終的に音楽の道へ踏み出す彼女の物語を彩ってきた、この作品の劇伴楽曲たちも、ただの舞台装置と置くわけにはいかない。

 

 私たちが作品から聴きとったその音は、私たちの現身として存在する彼女にも同じように聴こえているはずだ。

 

 

 

 ラブライブ!という作品において、特に揺れ動くこころを描こうとする時、時に音楽は言葉以上に雄弁だ。

 

 青春、思春期、こころも身体もまだまだ成長途中の少女たち。そんな彼女の未熟で繊細なこころのアルバムに刻まれた景色、彼女の瞳に映り、聴覚で捉えた世界。

 

 

 そんな世界で、彼女の耳にどんな音、『Sound of TOKIMEKI』が聴こえていたのかを探っていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、高咲侑の物語を見ていくにあたって、2つのキーワードがある。ひとつは、彼女が最後に向き合う事となったピアノ、もうひとつは、ヴァイオリンである。

 

 『Sound of TOKIMEKI』中には、実際には使われていない楽曲である『2つのヴァイオリンのためのソナタ』と言う楽曲が存在する。*1

 曲順としては、Disc2の32番目である『Awakening promise』の後、34番目『虹のふもと』の前。

 実際にこの順番をどこまで読み取っていいのかは定かではないが、おそらく12~13話近辺の曲で、2つのヴァイオリンは侑と歩夢を指す、ぐらいは言えるのではないだろうか。

 

 これら2つの楽器に注目しつつ、劇伴をいくつかピックアップして聞いてみる。

 

 

トキメキの音たち

  これからピックアップする3曲はすべて第1話に登場するため、一応無料で観れるサイトを貼っておく。

www.nicovideo.jp

 

 

 

トキメキへ!

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 軽快なピアノから始まり、バイオリンの音と同時に一気に加速していく、疾走感のある一曲。

 使用箇所は、第1話『はじまりのトキメキ』、第2話『Cutest♡ガール』、第3話『大好きを叫ぶ』、第4話『未知なるミチ』、第5話『今しかできないことを』、第9話『仲間でライバル』、第10話『夏、はじまる』、第13話『みんなの夢を叶える場所』の計8か所。

 

 第1話『はじまりのトキメキ』では、せつ菜のライブシーン直後に初登場。一瞬の静寂の後、侑が「すごい…」と漏らした直後から流れ始める。歩夢が「うん…」と返した直後、侑の言葉が溢れだすと同時にヴァイオリンが参戦。物語と同時に一気に加速する。

 

第2話『Cutest♡ガール』では、歩夢の「は?」かすみの自己紹介動画直後に挿入。歩夢の「え!?」直後侑に抱きつかれたかすみの「えへへ~」と同時にヴァイオリン参戦。

 

 第3話『大好きを叫ぶ』では、せつ菜の「虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会、優木せつ菜でした!」の直後間髪を入れずにスタート。侑がせつ菜に抱き着き「大好き!」と叫ぶと同時にヴァイオリンが参戦。奇しくも第1話と同じ構図である。

 

第4話『未知なるミチ』では、「そっか…」と愛が太陽に手を伸ばす瞬間からスタート。太陽を握りしめた瞬間にヴァイオリン参戦。

第5話『今しかできないことを』では、侑の「応援する楽しみが増えちゃう」とせつ菜の「ようこそ、スクールアイドル同好会へ」の間からスタート。果林の「ありがとう」からヴァイオリン参戦。

 この2か所については、物語が侑ではなく愛、エマ視点から描かれている。2人とも主人公格であり、ある意味侑と互換性のある視点を持っているキャラクターでもある。*2それゆえ、愛視点、エマ視点の『トキメキへ!』と捉える事ができる。逆に言えば、だからこそ(侑と互換として読み解くこともできるが)イレギュラーとして扱っても構わないだろう。

 

第9話『仲間でライバル』では、果林のハイタッチのシーンの直前からスタート。タッチすると同時にヴァイオリンが鳴り響き一気に曲が盛り上がって行く。そして、果林の「ライバルだけど、仲間」に合わせて、その盛り上がりのまま『VIVID WORLD』に繋がっていく。

 

 第10話『夏、はじまる』では、みんなで花火を見上げるシーンからスタート。歩夢以外の全員の表情が映され、侑の表情が写る。そして彼女が作中で初めて「スクールアイドルフェスティバル」という単語を呟くと同時にヴァイオリン参戦。曲が盛り上がりを見せると共に、一気に物語がスクールアイドルフェスティバルというマクガフィンへと舵を切る。

 

そして、第13話『みんなの夢を叶える場所』。侑のいない部室で、璃奈がメールの話をするところからスタート。かすみが、「次は絶対に参加したいです」とのメッセージを読み上げると同時にヴァイオリン参戦。

 そして、一瞬ヴァイオリンが途切れ、また鳴り始めると同時に、試験に臨む侑の姿が現れる。一礼した後、ピアノに向かい構えると同時に「デデッ!」と曲が終わる。

 

 

 

『想い、花ひらく時』

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 ピアノソロのイントロにゆっくりとヴァイオリンの音が加わっていき、徐々に主役交代。ゆっくりと力強い、それでいて優しい音が鳴り響き、最後また姿を見せるピアノの音と一緒にフェードアウト。

 使用箇所は、1話、3話、10話、12話。

 

 第1話では、侑と歩夢が中盤にお台場を巡るシーンからピアノソロがスタート。歩夢がピンクの服の方に歩いていくシーンあたりからヴァイオリンがゆっくりと入ってくる。夜の街の中、すこしずつヴァイオリンが存在感を増していき、そして階段前で歩夢が立ち止まると同時に曲が前半で中断。『大好き!!』『Dream with You』を経て、歩夢が階段を降りてくると同時に後半に続く。

 後半はヴァイオリンにピアノが付随する形でスタート。ほぼヴァイオリンが中心で構成されているが、終盤の「いつだって私は、歩夢の隣にいるよ」からはピアノが目立つようになる。

 

 第3話では、屋上で侑と菜々が対面すると同時にスタート。「こんにちは、せつ菜ちゃん」、と、お互いがお互いを認識した瞬間からヴァイオリン。侑が菜々に想いを伝えていく中で、すこしずつヴァイオリンの音が強くなっていく。ピアノが姿を見せるラストパートを待たずに曲が切れ、静寂の中菜々と侑の叫びを経て、『大好き!!』『DIVE!』へバトンタッチ。

 

 第10話では、侑とせつ菜の音楽室のシーン。「何度も…か」「やっぱり、何事も練習あるのみだね」の間。鍵盤を撫でる侑を見つめるせつ菜の表情が映る瞬間からスタート。3話とは逆に、せつ菜が侑への想いを語る中で、ヴァイオリンが存在感を増していく。「私、夢中でステージを見てて」で曲の最高潮。曲の終わりのピアノとヴァイオリンのパートはちょうど侑とせつ菜を歩夢が見つけてしまったシーンと被り、なんだか本来の意図と違う見せ方をされているようで面白い。

 

 第12話では、『Awakening promise』直後間髪を入れずに流れ始める。イントロのピアノパートは、原曲だと4回繰り返すのに対し、ここでは2回で即ヴァイオリンが合流。しかし、他のシーン程の盛り上がりは見せず、最低限の存在感ですぐにフェードアウトしていく。

 

 

『大好き!!』

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 一番好きな曲。

 『トキメキへ!』程ではないが、テンポのよいピアノソロから始まり、30秒ほどすると、その旋律はすこし戸惑っているような音へと変わる。同時に、弦の揺れを強烈に意識させるようなヴァイオリンが加わり、しばらくすると2つの音は一気に盛り上がりを見せる。

 2度目のピアノソロからもすこしずつ加速していくかのような感覚を植え付けた後、ヴァイオリンの音が加わればその勢いのまま、それでいて静かな2度目のの盛り上がりを見せる。その後、最後までずっとピアノソロが流れ続け、そしてピアノソロのまま幕を下ろす。

 

 使用箇所は、1話、3話、12話、13話。

 

 

 第1話では、歩夢が、「ふたりで始めようよ、侑ちゃん!」と声を掛けるところからスタート。歩夢が侑に訴えかける中、ピアノソロが流れ続ける。歩夢の言葉が一瞬途切れ、「ごめんね、最初に言えなくて」の時に、少しまだ戸惑っているかのように少し違う旋律が加わる。その後は、文字通り「止めちゃいけない、我慢しちゃいけない」。少しずつ強さを増していく音の中、始まりの言葉が紡がれていく。

 

第3話では、侑と菜々の屋上でのシーンで、『想い、花ひらく時』からバトンタッチする形で流れ始める。「言ったでしょ。大好きだって。こんなに好きにさせたのは、せつ菜ちゃんだよ」と「あなたみたいな人は初めてです」の間から戸惑いの音を挟み、すこしずつヴァイオリンの音が強くなっていく。そして、ヴァイオリンが止み、ピアノソロへと戻っていくと同時に、菜々がせつ菜へと変わっていく。

 

 第12話では、1話と同じく侑と歩夢の階段の前のシーン。ここでは一瞬戸惑うように入るピアノとヴァイオリンの音は完全にカットされ、ヴァイオリンがピアノソロを支えているかのような印象を受ける。

 

 13話では、客席の侑の視界に同好会メンバーが現れた時から。ここでも戸惑うようなあの旋律はカットされている。メンバーが言葉を紡ぐ中、この音は流れ続け、そしてせつ菜の言葉と共に音が止み、歩夢の言葉と『夢がここから始まるよ』へとバトンを繋ぐ。

 

 

 

 

 さて、これらの曲、侑にとって大切な場面を彩ってきた曲に関して言えるのは、ピアノの音から始まり、そして侑の何かしらのリアクションが入ってからヴァイオリンが続くという事。

 

 

 侑自身、反射でトキめいているのではなく、何かを自分の視覚、聴覚で感じ取った時は、誰かに言葉で直接伝えられた時と比べ、少し間を開けてから反応している描写がとても多い。

 せつ菜や果林のライブの直後、呆然とその場を見つめて、奪われた心が悲鳴を上げて溢れ出そうとしている事すら気づいていないように。溢れ出すための準備をしているかのように。

 とにかく、侑が何かを受け取って、そこから湧き上がってくる何かが「トキメキ」として消化されるまで反芻するかのような。

 

 そうした描写と重なるように、それぞれの楽曲は、始まりこそピアノソロではあるが、楽曲が盛り上がって行くのは途中からヴァイオリンが加わってからである。

 

 

 

 

 

 

 さて、そんな侑にとってのピアノであるが、侑が何度も練習していたCHASE!をはじめて見た時の事。彼女がせつ菜に強烈に引きつけられた瞬間のフレーズは、

世界が色づいて光だす瞬間を

君と見たい その心がアンサー

 だった。彼女がトキメキを感じるまで、ただただ茫然と何かを浴び続けている瞬間を完璧に言い表しているかのような一言。

 あの瞬間、彼女の瞳に映る世界は全く違う表情に色づいて、変わってしまったのである。

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 そんなCHASE!に惹きつけられた彼女が、その曲を奏でるのにピアノという楽器を選んだのも、きっと彼女にとって自分をトキめかせる何かの音がその楽器にあったのだろう。

 世界が色づいて「光だす」ような、そんなキラキラとした音を表現できるのは、ラブライブ!の世界ではピアノしかないから。*3

 

 

 

 

 そして、それらを裏付けるかのように、第13話『みんなの夢を叶える場所』で披露された、侑が作った楽曲を基にして作られた曲『夢がここからはじまるよ』。

 

youtu.be

 

 歩夢に「あなたが私を支えてくれたように、あなたには、私がいる」と伝えられ息を呑む侑。彼女の目の前に立つ同好会メンバーの表情が見えないぐらい、舞台全体、いや、侑の瞳に映る世界が色づいて光だした瞬間、楽曲はヴァイオリンの音と共に一気に加速する。

 

 

 

 世界が色づいて変わり出す音の後、遅れてやってくるヴァイオリンの音。それは、ある時は凄まじい勢いで加速して、激しく鳴り響いたり。

 ある時は、力強さと優しさを感じる、深呼吸した後のような落ち着いて清々しい音を奏でたり。

 ある時は、揺れ動きながらも、堰が切れたように溢れ出したり。

 

少し遅れて反応すると同時に流れ出すその音は、侑の胸の鼓動、侑のトキメキ、侑のこころそのものだ。

 色づいて光りだした世界の中で、トキめいたり、誰かを想ったり、誰かを大好きになったり。

 そんな瞬間瞬間、胸に手を当てている彼女が聴こえていないはずのない音だった。

 

 迷いや不安に揺れるような音も、悲しげな音、寂しげな音も、それら全部をひっくるめて強さすら感じる鳴り響く音も。1本の弦じゃ演奏できないところも。

 彼女のこころ、彼女のトキメキの音はこれしかないと確信できるぐらいに、その楽器は適任すぎた。世界が色づいて光りだす音と並ぶことができる音は、これ以外ありえなかった。

 

 

 きっと、あの物語の中で、侑には聴こえていたはずだ。

 彼女の見ている世界が全く違う色に変わってしまった瞬間の、キラキラと輝く光の音と、それを受け止め高鳴っていく自分の胸の鼓動。

 隣で同じ景色を見ている人、同じ想いや夢を共有する人たちとを慈しむ優しい音。

 そして、何かを大好きだと思う、震えながらも揺るぐことない音。

 

 あの音は、確かに彼女の中から聴こえてきた、彼女自身の音だから。

 だからこそ、彼女はそれを音楽と言う手段で表現しようとしたのだろうし、私たちはそれを『Sound of TOKIMEKI』、トキメキの音と呼ぶのだろう。

 

*1:今は遠藤ナオキ氏が新規アカウントへ移行された関係でツイートが削除されているが、当初作中で登場する予定があったとの事

*2:参考

TVアニメ『虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会』が描いた侑と9人の絆:ある僭主の「百日天下」とその手口|髙橋 優|note

主人公格の三人::侑の支配圏とその限界

*3:そういえば、先輩である桜内梨子も輝きの音をピアノで表現していた。