この曲は、梨子ちゃんの曲として挙げられることが多い。例えばグラブルコラボでは、梨子ちゃんのスキルとして実装されている。
だが、この曲の初公開は、アニメ1期第11話『友情ヨーソロー』だ。曜ちゃんが梨子ちゃんを通して、千歌ちゃんにとっての自分とは何かという事に向き合う話。だから、梨子ちゃんだけじゃなくて、曜ちゃんにとってもこの曲は大事な曲だと、前々から思っていたところである。
今回は、桜内梨子推しとしていつか形にしたいと思っていた、桜内梨子に大切な物をくれた人である渡辺曜を読み解いていく話。
曜の比較対象として一番わかりやすいのも梨子だろう。
アニメ2期第6話『Aqours WAVE』は特に顕著で、
焦らないで。力を抜いて、練習どおりに。
できるよ、絶対できる。
千歌がこれまで何度も練習を重ねてきたことを踏まえて言葉を掛ける梨子に対し、無条件で最大限のエールを送る曜。
この回自体は、千歌が自分自身が今まで歩んできた道、自分がリーダーとして今までどういう存在だったのかを自覚しておらず、やっと自分自身を肯定してあげることができたという話。だから、本当に必要な言葉は梨子のように「なぜ千歌は特別なのか」という事に対する回答だった。
自分の事を普通だって思っている人が、諦めずに挑み続ける。
それができるってすごい事よ!
すごい勇気が必要だと思う!
勇者とは、最後までけっしてあきらめない者の事だ。遠くない未来、夢への手がかりだと言われたその勇気を、千歌の武器なんだって気づかせてあげることができるのは、千歌のコンプレックスを分かってあげられる梨子だからできたこと。
1期7話『くやしくないの?』でも、千歌の本音を曜は引き出すことができず、それができたのは梨子だった。
転入生である梨子は、Aqoursの他の8人とは全く違う場所で生きてきた。だからこそ、千歌たちの気づかない内浦の魅力を見いだすことができたように、梨子は気づける人間だ。千歌や内浦だけでなく善子や曜の内面に寄り添えたように。海の音を聴けるような、頭一つ抜けた感覚を持つ梨子は理解のスペシャリスト。千歌の内面を誰よりも理解していて、一番必要な言葉を伝えてくれる。
では、曜は?梨子のようにコンプレックスに寄り添うには不器用すぎる彼女が、梨子と並んで千歌に激励の言葉を掛ける意味。それは、
もちろん。やっと一緒にできたことだもん。
だからいいんだよ。いつもの千歌ちゃんで。
未来のことに臆病にならなくていいんだよ。
1人じゃないよ、千歌ちゃんは!
アニメだと仲間になる前の段階から千歌に協力していたし、電撃コミックスだと、「人が足りなくて遊べないなんてつまんない」から入部を決めている。渡辺曜がいる限り、高海千歌は絶対にひとりぼっちにはならないのだ。
特別じゃなくて普通だったとしても、ただいつもの姿の千歌を肯定して味方でいてくれる。
特別な輝きが欲しいと願う主人公千歌の物語の中で、梨子と曜はどちらも絶対に欠けてはならない存在だ。なぜなら、梨子の言う千歌の特別な力である「諦めない勇気」は、曜が言う「いつもの千歌ちゃん」そのものだからである。
飽きっぽいんじゃなくて中途半端が嫌いなんですよ。やる時はちゃんとやらないと気がすまないっていうか。
千歌は千歌のままで特別なのだ。たとえ普通であったとしても、ビームなんて撃てなくても、怪獣であるだけで体当たりでビルぐらい滅茶苦茶にできる。
梨子が千歌の特別を証明するなら、曜は千歌の普通を肯定するのだ。
アニメ1期第3話『ファーストステップ』や、アニメ1期第11話『友情ヨーソロー』では、その「特別」という感覚から生まれたすれ違いに苦しんでいた。そんな子だからこそ、特別じゃなくてもありのままの姿に無条件で寄り添うことができる。梨子は理解することで寄り添おうとするが、曜はたとえ分からない相手でもお構いなしに側にいてくれる。(善子との関係が顕著)
さて。そうやって、側にいてもらうことで輝きだした物語は、高海千歌の物語だけではないし、この物語を知ることなくして、高海千歌を主人公として描かれる物語を語ることはできない。
曜と同じく、周りから特別だと期待されていて。そして、一度は千歌みたいに逃げ出してしまったあの子。
これが今回の本題。
結論から書くと、桜内梨子の震える手を握っていくのは、渡辺曜である。
確かに、ピアノから逃げた梨子を見つけたのも、もう一度ピアノと向き合う舞台に梨子を送り出したのも千歌だった。でも、千歌にできるのはそこまで。大好きで大切だったピアノにまた前向きに取り組めるようになったのは千歌がいたからだとしても、ステージの上で、受け止めきれないほどの期待を背負って、緊張に震えることに対してそれはなんの解決にもなっていない。
期待されるって、どういう気持ちなんだろうね。
沼津出るとき、みんな見送りに来てくれたでしょ?
みんなが来てくれてすごい嬉しかったけど、実はちょっぴり怖かった。
期待に応えなくちゃって、失敗できないぞって。
むしろ、千歌だって緊張するだろうし、震えることだってある。1期第3話『ファーストステップ』では、実際千歌もステージの上で歌えなくなってしまった。
でも、曜はずっと2人の横で緊張をほぐし続けていた。特別ではない、いつもの彼女として。
あぁ…やっぱりやめておけばよかったかも…スクールアイドル…
大丈夫!ステージ出ちゃえば忘れるよ!
うぅ…
緊張してる?
そりゃぁね…
じゃあ、私と一緒に敬礼。おはヨーソロー!
お、おはヨーソロー
よくできました。緊張が解けるおまじないだよ。
ひとりで向かう鍵盤だけど感じる
ひとりじゃない
気持ちはいつも繋がってるね
信じることができるから
何でも恐れずやってみようと決められる
強くなれるよ
震えるほど緊張した、ひとりで鍵盤と向き合ったあのとき。後に梨子が「見えない力」を信じる基盤となった、離れていても心が繋がっていたステージ。
遠くで戦っている仲間との繋がりの証として、それぞれシュシュをつけて。
千歌と一緒に見つけたい輝きを確かめ合いながら、曜と梨子はステージに上がって。
私ね、分かった気がするの。
あのとき、どうして千歌ちゃんが、スクールアイドルを始めようと思ったのか。
スクールアイドルじゃなきゃダメだったのか。
うん。
千歌ちゃんにとって、輝くと言うことは、自分ひとりじゃなくて、誰かと手を取り合い、みんなで一緒に輝くということなんだよね。
私や曜ちゃんや普通のみんなが集まって、ひとりじゃとても作れない大きな輝きを作る。
その輝きが、学校や聴いてる人に広がっていく。繋がっていく。
それが、千歌ちゃんがやりたかったこと。
スクールアイドルの中に見つけた輝きなんだ。
どこにいても同じ明日を信じてる。
ヨーソロー発射!!!!!!!
かつてステージの上でプレッシャーに押しつぶされた仲間に向かって、緊張が解けるおまじないを届ける8人。それが誰のおまじないかは言うまでもない。
『想いよひとつになれ』は、本来、千歌と梨子がダブルセンターで立つはずだった曲で、曜は最初は梨子の代役としてセンターにいたはずだった。でも、Aqours4thライブでは、曜の位置に梨子が戻るのではなく、千歌と曜が梨子を迎え入れる形で披露されていた。(なんと筆者はシブヤノオトでしか見ていない!)
2期第12話『光の海』でも、梨子はかつて逃げ出した場所でもある音ノ木で、再び奏でたのは、かつて弾くことのできなかった『海に還るもの』ではなく、『想いよひとつになれ』だった。アレンジであるとはいえ、自分の過去に決着をつけるという意味では、千歌も評価していた『海に還るもの』方が自然かもしれない。むしろ、千歌との関係だけを考えると、自分で「いい曲だね」って思えるようにそれをする方が意味があっただろう。
でも、梨子の震える手を握って、もう逃げないでいいようにエールを送ってくれたのは曜だったから。いつも通りの渡辺曜と繋がっていたからこそ、また笑顔で演奏することができ、そしてそれが今の梨子を作っているからこそ、音ノ木で弾くのは『想いよひとつになれ』でなくてはならないし、この曲は曜の曲でなければならない。
あ、梨子ちゃん!
ピアノ、弾けた?
もちろん。
だから、ここで声を掛けるのは曜なのである。
特別な条件なんてなく、ありのままの千歌や梨子を応援してくれる曜。スクスタがリリースされ、「あなた」というキャラクターが生まれてから、「YOU」と名付けられた彼女の輪郭がよりはっきりしてきたように思える。
「一番近くで応援したい」キャラクターである「あなた」は、その部分だけ切り取れば渡辺曜そのものだ。ありのままの飾らない姿を受け入れてくれて、いつも近くで応援してくれる。渡辺曜は「あなた」だ。千歌や梨子に寄り添って、その手を握って。
舞台の上に立つパフォーマーに対して、観客である私たちの多くは「応援」という形で歓声を上げる。パフォーマーの勇気になりたい、力になりたい、味方になりたい、思うことはいろいろあるだろう。
そうした応援の形は、ステージのうえならともかく、普段は見えないかもしれない。舞台裏は、客席を見渡すには暗すぎるかもしれない。
でも、そうやって私たちの歓声や光が届かない場所でも、渡辺曜の存在が千歌や梨子を支え続けているのだと思う。私たちの届けたい言葉って、ほとんど曜の口から語られるような、そんな気がしている。
1人じゃないよ、千歌ちゃんは!