#てつがくのドンカラス

それでは皆さん元気よく!不意打ち追い討ち?桜内!得意な技は?タイプ不一致!

ありがとうアローラ

 私は一人のポケモンファンとして、アニメ『ポケットモンスター サン&ムーン』は歴代最高傑作だと確信している。

  

 過去に、「サンムーンはポケモン一体一体に焦点を当てたシリーズである」と書いた事がある。確かに間違ってはいなかったが、それだけのシリーズではなかった。ポケモン一体一体に焦点が当たることにより、このコンテンツで描くべき物一通りに焦点が当たった事になっていた。

ポケットモンスター』の世界を描いて、ポケモンと共に生きる人間の生きざまを描いて、ポケモンと人間の関わり方を描いて、そして、人間と関わるポケモンそのものを描いて。

 

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 今までのシリーズで、アローラ程ポケモンと人間が密接に暮らしていた場所は、おそらくライムシティぐらいだろう。だからこそそんなアローラで描かれたのは、まさに「ポケットモンスターシリーズの集大成」だった。そしてそこは、集大成を描くのに最高の舞台だったし、そこにいる人々もポケモンも最高のキャスティングだった。本当に心からそう思う。

 

 

 

 さて、集大成が集大成である理由として挙げられるのがサトシのリーグ優勝だろう。それは少なくともアニメシリーズにおいてとりあえず一つの区切りである。

 アローラリーグ。そこには、ポケットモンスターシリーズが今までずっと描き続けてきた魅力が全部詰まっていた。それはいわば、『ポケモンパワー』だった。過去のトラウマを乗り越え、師との約束を果たし、感謝、情熱、覚悟、いろんな夢ををポケモンと一緒に叶えてきた人たちが、同じ想いを抱いて集結する夢の舞台。

 歴代シリーズと違って、今作はサトシ以外のキャラクターやポケモンに視点が移ることがとても多かった。それはまるでこれまでのシリーズでサトシが培ってきたポケモンパワーが、他の人たちにも共鳴していくように。

 ポケモンスクールの仲間たちを始めとしたアローラの色々な人々のポケモンパワーを、私たちは3年間ずっと見続けてきた。メタ的に言えば、普通ならそれらの人々は所詮は主人公であるサトシの引き立て役でしかないはずだった。でも、ここではその時はその人たち全員が主人公だった。サトシのポケモンパワーに感化されたり、対抗意識を燃やしたり、救われたり、きっかけは千差万別だ。でも、そうしてポケモンパワーを私たちに見せてくれた彼らは、明確に主人公として描かれていた。

 

 主人公といえば。主人公は特権的能力を持っていることが多い。RPGなんかでは、特別な力を持った勇者は大抵主人公である。前作XY&Zはそうした特権的能力が目立った。主人公だけが使える『きずなへんげ』に、一部のポケモンのみが使える『メガシンカ』。フレア団の思想も、「選ばれた者のみを残して命の数を減らす」だった。だが、それとは対照的にアローラでは、どんなポケモンでも条件さえ満たせば(=ポケモンパワーを出せていればと読み替えて問題ない)Zワザが使えた。確かに、ルガルガンアーゴヨン、メルメタルのような特殊個体もいた。だが、あれは言わばサトシが先駆者であるだけでこれからアローラの人々が彼らと共に生きていても何の問題もないはずだ。ルガルガンもメルメタルも、偶然今まで見つかっていなかっただけ、アーゴヨンもそれまで関わりがなかっただけ。サトシゲッコウガのような明らかなイレギュラーとは訳が違う。

 そもそも、アローラという地は何でも受け入れてしまうので、そうした特殊だとかイレギュラーだとかはあまり意識する必要はないだろう。グズマですら結局は受け入れられる地なのだから。

 

 また、誰でもZワザが使えることでスポットライトを浴びるのは人間だけに限った話ではない。歴代では、サトシの手持ちには所謂エースがいて、大事なバトルでは大抵エースかピカチュウが試合を決めるのが定石だった。だが、アローラは全員がエースだった。明らかにエース格になりうるメルメタル、アーゴヨンガオガエンルガルガンはともかく、Zワザが存在することで試合によってはモクローですら立派にエースとしての役割を果たすことができるのである。

 だから、一人ごとに描かれたポケモンパワーは一つではなかった。キャラクター一人にその手持ちの数だけのポケモンパワーがあった。ポケモン一匹一匹に人間やポケモンとの物語が詰まっていた。

 

 そんなシリーズだからこそ、あのリーグはとても魅力的だったのだと思う。出場者全員が主人公で、それぞれの手持ちとの間にポケモンパワーがあって。

 最初はポケモンに触れすらしなかったリーリエが、シロンと共に見せてくれたZワザはとても美しくかっこいいもので、その口上や振る舞いからは彼女がアローラでみんなと共に成長してきたことを思わせる。とてもいい演出だった。

 あの場でポケモンパワーを手にして、希望を見せてくれた人もいた。ずっとずっと逃げ続けてきたグズマが、最後まであきらめようとしないサトシ、ピカチュウ、そしてグソクムシャを前に見せてくれたあの覚悟。ポケモンはいつだって最後まで側にいてくれる。最終話で彼がポケモンスクールで指導していた事を、私は嬉しく思う。

 ポケモンスクールの仲間たち、グラジオ、ハウ。彼らはサトシの親友であり、よきライバル。ポケットモンスターSPECIALのエメラルドの台詞で、『オレはポケモンバトルが好きなんじゃない!!ポケモンが好きなんだ!!ポケモン好きな人が好きなんだ!!!』というものがあるが、サトシと彼らの関係はまさに、ポケモンが好きな人間同士の関係だったと思う。みんなで一緒にポケモンパワーを見つけて、育んで、そしてみんなで一緒に勝ち取ったポケモンリーグ。全員Zワザを会得して、それぞれの夢を胸にあの舞台に立って。本当にみんなで一緒に出られてよかったと思う。

 

 そして。サンムーン、いや、今現在ポケットモンスターシリーズを語るにあたって、ククイ博士を語ることなくその魅力を語ることはできないだろう。

 彼の夢は、そうした夢の舞台を作ることだった。彼の夢こそ、今ポケットモンスターというコンテンツが描くことができる最高傑作だ。アローラリーグは集大成、歴代のすべてが詰まっていた。ポケットモンスターという世界の中で、トレーナーとして人間として成長を遂げた者たちが、強くなったポケモンたちと共に、その絆を武器に戦う舞台。サトシがこれまでに培ってきた、精神的、人間的、戦略的強さを出し尽くすには最高の舞台だった。

 そんな夢を持つ彼は同時に、サトシの超えるべき壁であり、そして作中ではもう一人の父親でもあった。リーグの優勝を決めたのは、彼の家に居候していたイワンコが成長した姿だった。彼の相棒ガオガエンを打ち倒したのは、かつて彼に敗れた進化前であるニャヒートだった。一緒に暮らし、そして色んな困難を共に乗り越えてきた教え子、いや息子が彼の夢を叶え、そして彼を乗り越えていく。

 サトシの超えるべき壁としても、彼とガオガエンは最高だった。元々のパワフルさ、頑丈さをビルドアップで強化し演出されたあの絶望感。本当に勝てるビジョンが見えない強敵を演じた彼は、最後に、『最強の炎』の座をサトシとニャヒートに譲って倒れていく。あの瞬間は、サトシのポケモンパワーが最強であると証明された瞬間だろう。

 

 そして、カプ・コケコとピカチュウの対戦。ルガルガンvsルガルガンニャヒートvsガオガエンが「ポケモンパワー」の戦いだとしたら、この対戦は「ポケットモンスターシリーズという世界観とサトシとの決着」だろう。島の守り神であるカプ・コケコは、まさしくポケットモンスターという世界観を象徴するものだ。AG,DPでトレーナーとしての成長、BW,XYでポケモンと人間との関係、SMでのポケモン自身の描写、これら全てとの決着があの二つの戦いで着いたとするならば、残るは無印,金銀の「ポケットモンスターという世界」である。サトシはカプ・コケコに勝利することで、「サトシの物語」だけではなく、「ポケットモンスターという世界観」の中で己のポケモンパワーが最強であると証明したのである。

 

 リーグを終えて、愛すべきアローラの人々はまた新しい夢に向かって走り出していった。ポケットモンスターシリーズの展開もここから大きく変化していく。ゲームのハードは移り、そしてアニメも従来とは別のアプローチであることが予告されている。あの人たちだけじゃなく、みんなが新しい場所に旅立つ時が来たのだろう。

 でも、新しい場所に旅立ったとしても、ククイ博士たちはずっとサトシたちの力のなると言ってくれた。『行ってらっしゃい』で送り出してくれた。

 私はアローラが本当に大好きだ。いろんな夢が集まって、そしてまた新しい夢が産まれて旅立つとしても、アローラはいつでもエールを送ってくれるし、受け入れてくれる。

 ポケモンの集大成の場であり、そして新たな旅立ちの船出の場であるアローラ地方。そんな場所で繰り広げられた素敵なストーリーに出会えたことが本当に嬉しいし、こんな素敵な作品を作り上げてくれた人々、そしてそこに生きているすべての人々とポケモンに本当に感謝しかない。

 

 ありがとうアローラ

 

 行ってきます。