#てつがくのドンカラス

それでは皆さん元気よく!不意打ち追い討ち?桜内!得意な技は?タイプ不一致!

出逢いの意味を見つけたいと願って

「すごいね、千歌ちゃんって歌詞書いてるんだ!」

「そうでもないよ、歌詞なんて素人でも書けるし……」

「そうですか……」

「あっ、海未さん、そうじゃないから、違うから~ぁ!!!」

 暑い季節も終わって、涼しくなってきたころ。次のライブ会場の下見にきた私たち二年生は、偶然会ったμ'sの穂乃果さんと海未さんと一緒にメイド喫茶に行くことになった。ここはことりさんが勤めているところだからか、穂乃果さんは我が家にいるかのようにくつろいでいる。それを半分呆れた目で見る海未さんも、もはや諦めているのかいつものような注意すらしない。曜ちゃんはものすごく目をキラキラさせながらことりさんに引っ付いて奥に行っちゃったし、なんとなく会話に混ざれないでいた私は三人の会話を聞きながら、甘ったるいジュースを咀嚼。この無駄な甘さは、直前にミナリンスキーのあまあまサービスと称して投入された謎の液体のせいだろう。一体何を入れたのか……。

「そういえばさ、歌詞は普段は海未ちゃんが書いてるんだけど、一度だけことりちゃんが書いたことがあるんだよ」

「へー。Aqoursだと、二年前果南ちゃんが書いた歌詞を使ったり、花丸ちゃんに手伝ってもらったりしたことはあったけど、完全に他の人に任せた事はないなぁ」

「あの時は、ことりは相当苦しんでいましたね。普段表現者であるからこそ、逆に言葉という形にするのは難しいのかもしれません」

「言葉にするのは難しい、かぁ」

「はい。だから私も千歌さんも、結構大変なことをしてるんですよ」

「へぇ……」

 ここで何かを思いついたかのような返事をした千歌ちゃんは、小悪魔のような表情を浮かべながらこっちを見る。なんだか、嫌な予感。

「そういえば梨子ちゃん、いつもチカに対して、『歌詞はまだ?』『早く歌詞をだして』って、私の苦労もしらないでプンプンプンプンしてばっかりで、酷いことをするもんだよねぇ~、ねぇ、リ・コ・チャン」

「あ、そ、そうねぇ~、あはははは」

 すでに何かを察した海未さんと穂乃果さんは苦笑いしてる。これは……。

「そうだねぇ~、そんなかわいそうなチカの苦労を知ってもらうためにも、次の曲の作詞は梨子ちゃんにお願いしちゃおうかなぁ~?ね、いいアイデアだと思いません?穂乃果さん?」

「そうだね!ことりちゃんみたいに、梨子ちゃんが書いた歌詞も見てみたいな!」

「だよねだよね!決まりだね!」

 ああもう、穂乃果さんも乗ってるし、どうしてこうなるのよ!というか私作曲もあるんだけど!

 

 

 そんなことで、作詞までやる羽目になった私は、おそらく今ベッドのうえで無防備にゴロゴロしているであろう迷惑なお隣さんを恨みながら、いつもより数倍大変な創作活動に励んでいる。普段はもらった詩を音で彩っているけれど、今回はそういうのもなくて、完全にゼロから産み出さなければいけない。何を書けばいいんだろう?ああ、何も思いつかない。はぁ、千歌ちゃんや海未さんはどうやって歌詞を書いてるんだろ……。

 

 言葉を考えるのって、思ってたよりも難しくて。別に私も語彙力がないわけじゃない。読書量自体は、花丸ちゃんには敵わなくても千歌ちゃんや曜ちゃんよりは多いだろうし、音楽に触れている期間ならダントツだ。だから、私に不利な条件は実はなかったりするのだけれど。

 でも、なにかが足りないのは事実で。白紙の前でいくらウンウンうなっても何も出てこないし、ちょっとこれは自分一人で解決できそうにないみたい。千歌ちゃんに縋るのは癪だし……海未さんかなぁ。

 

 

「なるほど、つまり消去法で私を選んだ、と」

 女の子にあるまじき顔でこちらを睨みつける海未さんに委縮していると、彼女は急に冗談ですよ、と表情を緩める。本気で肝を冷やしたんですから、とムスッとした顔でパフェを一口。思っていたより冷たいそれは刺すような痛みで私を襲う。あっ、とかいう声を出してしまったから、海未さんはクスクス笑ってる。あぁ……私のイメージが崩壊していく……。

「私、A-RISEの優木あんじゅさんに、素直な歌詞だと評されたことはあるのですが……。あまり自分らしさってものを意識したことがなくて、思うままに言葉を繋げているだけというか。千歌もたぶん、私と同じタイプだと思います」

 そう……かな?分からなくもないけれど、私の頭の中に浮かんだのは、海未さんが千歌ちゃんみたいに歌詞待ってと駄々をこねる姿だった。同じく思うままに言葉を繋げているとは言うけれど、海未さんは千歌ちゃんみたいに本能で筆を動かしてるわけじゃないとは思ったりはする。

「でも……、一度だけ。一度だけ悩んだことがあります。今の梨子と同じように、何を書いていいのか分からなくて、言葉も出てこなくて。かつて梨子が経験したというスランプよりは遥かに軽いものだとは思いますが、ね。」

  あの時は作曲の真姫さんも、衣装のことりさんも悩んでいたそうで。でもその結果、スランプを乗り越えてできた曲でラブライブ予備予選を突破した、って。

「そう、あの時、UTX高校の屋上で、A-RISEの後に私たちはこの曲を歌いました。正直、A-RISEのパフォーマンスを見た直後は敵わないと思いました。届かないと思いました。でも、そんな私たちを奮い立たせたのは、応援に来てくれた音ノ木坂のみんなと、『そんなことない!』って言いきってくれた穂乃果と、スランプになるぐらい悩んで作り上げたこの曲への自信だったと思います」

 誇らしそうに、懐かしそうに話す海未さんの口から飛び出した曲名は、意外にも私もよく知っている名前だった。

 

ユメノトビラ

 

 ずっと探し続けた。君と僕との繋がりを探してた。

 

 千歌ちゃんに『START:DASH!!』を紹介されて普通だと思った私が、この曲を聴いてなんとなく気になった理由がわかった気がした。そっか、辛かったスランプを乗り越えてできた曲だったんだ。

「寄せられる期待だとか、使命だとか、強大な相手とか、そういうのって、重たくて、この私でも一度は逃げ出したぐらいですから。でも、そんな時だからこそ、自分がどうしてスクールアイドルをしていたのか、それをちゃんと大切にしないといけないんです。」

 偶然か運命か、私がスクールアイドルを始めた理由もそこにあったみたいで。辛くて逃げたかったピアノは、それでも私にとって大切なものだったから。前を向きたくて、もう一度大好きなものを大好きだと言いたくて。今ステージに立つ理由、立ちたい理由はいろいろあるけれど、始まりはそんなのだったなぁ。

 すこし視界が晴れたのが表情に出ていたのか、ふふっと笑った海未さんは立ち上がる。

「ことりのところに案内しましょうか。ことりもかつて、梨子と同じように、作詞で悩んだことがありますので」

 

 

 

 さて、海未さんに連れられこの前のメイド喫茶に向かった私たち。私たちが入店してしばらくしたら、シフト上がりのことりさんがそのまま席に来てくれたあたり、事前に海未さんから話があったのかな?当然のように海未さんの皿からチーズの部分をひょいっと掬って食べることりさんと、それを気に留めすらしていない海未さんを見ながら、用意がいいなぁとか思ったりする。

「作詞の話だよねぇ。ことりもあの時、すごく悩んだんだぁ。何を書いていいのかわからないよね」

「うん……想いを言葉にする、歌いたいものを言葉にするっていうのは分かるんだけど……、具体的に何だろうって」

「ことりも、普段は海未ちゃんや真姫ちゃんに合わせているから、自分で何を書くか考えるのは大変だったなあ。結局自分で言葉は出せたし、それが最高の形だとは思うけれど、気づかせてくれたのは穂乃果ちゃんだったなぁ」

「あぁ、そういえば千歌ちゃんもそうだなぁ。普段私がいくら急かしても全然歌詞出してくれないのに、スイッチが入ると一気に書き上げちゃうの」

「スイッチもそうですけど、何か自分の中で気づきがあったり、変化があったりすると、それが消えないように書き留めていく意味もあって、言葉ってすらすらと出てくるものだと思います」

 消えないように、か。

「消えないように、っていうのは、私の勝手な解釈ですけれどね。少なくともことりは変化そのものが好きなんだと思います」

「うん。ニューヨークでも同じことを感じた。変わっていくって事は、何でも受け入れてくれるって事だから。確かに消えて行っちゃうものもあるかもしれないけれど、でも、私はそれ以上に、新しいものが過ぎ去っていくことなく取り込まれていく事を大事にしたい。私、この場所が大好きなんだ。だって、ここはどんな人だって笑わずに受け入れてくれる。新しい物を怖がらないの。だから、私はこの場所なら何でもできる気がする」

 音が聴こえてきた気がした。それは、普段私が暮らしている場所から聞こえてくる音と同じ音。たぶん、ことりさんが秋葉やニューヨークに対して感じているものを、私は知っている。『消えないように言葉にする』『大好き』『ユメノトビラ』『歌う理由』そんな断片的な言葉をキーワードとして挙げることはできても、そこから上手く何かを産み出せるかと言われると、まだ少し何かが足りない気がする。

 

 

 

 何日か経ったある日。音楽室で一人になってうんうん唸っていたら、何やら来客があったみたいで。巻き毛のその客は、作詞で行き詰っているのを聞いてわざわざやってきたとか。ありがたいけれど、簡単に来れるのは金持ちだからとか邪推を入れてしまう。

 真姫さんが私の隣に腰掛け、そして弾いてくれた曲は、『Silent tonight』だった。優しい音に包まれながら、優しい詩を見事に歌い上げる真姫さんは綺麗だなって思った。

「いい曲でしょ、これ」

 自信があるのか、得意げな真姫さん。なんでも、ユニットこの曲の歌詞が書かれたとき、かなり注文を入れたとか。私と同じで言葉足らずで、そしてなかなか素直に本心を言えない真姫さん。でも、そんな真姫さんでも、この曲に使われている言葉にはうるさいほどこだわって、自分でもびっくりするぐらい歌詞に関わってたって。

 あの日。μ'sが一度ラブライブから姿を消した日。真姫さんにできるのは、ピアノを弾くことだけだった。一度屈した彼女を奮い立たせる言葉も、彼女を待ってひたすら進み続けることもできなかった。真姫さんを見つけてくれたのは穂乃果さんだったから、穂乃果さんのいない場所なんて、真姫さんにはありえなかった。

「穂乃果に伝えたいことがあったの。だから、こんな私でも言葉は出てきた。梨子にもいるでしょ、そういう相手」

 飾らないあの曲の歌詞が、ちょっと真姫さんらしいって思った。

 

 

 一人になって、色んな人たちの顔を思い浮かべてみる。私がAqoursになってから出逢ったたくさんの人たち。この人たちに、私はどんな言葉を伝えればいいのだろうか。

 

 

 

 

 その日の夜。急に曜ちゃんに呼び出された私は、夜の学校の音楽室にいた。音ノ木坂に行ったとき、ことりさんからにこさんがそうやって真姫さんのピアノを聴いていたことを聞いたらしく、譜面台の横あたりに身体を預けてこちらを見つめてくる。とても近い。

 リクエストされて、久しぶりに『キセキヒカル』を弾いた。いろいろなところを回って、そして何となく聴こえてきたその音を旋律として編み切ったことが、つい昨日のようだ。今でもたまに聴こえる時がある。もしかしたら、この世界には本当はずっとずっとこの音が流れているのかもしれないって、最近は思うようになってきた。そんな曲。

 弾き終わったら、たった一人しかいない観客がすぐそばで拍手をくれる。位置が変わるといつもと違って聞こえるからか、少し驚いているようにも見えた。

「私、梨子ちゃんのピアノ好きなんだ。なんだか、梨子ちゃんの気持ちが全部ここにある気がする」

「そう言ってもらえると嬉しいな」

「それでね、歌詞のことなんだけどさ、梨子ちゃん今悩んでるって聴いたんだ。だから、力になりたくて、それでね。私が梨子ちゃんと出逢って気づいたことを話すね」

「私と出逢って……?」

 あの日。私が一人東京にいた日。千歌ちゃんのことで悩んでいた曜ちゃんは、私に気づかされたって。

「私の心がもし直接梨子ちゃんに伝わるなら、たぶん歌も言葉もこの世界には必要ないんだと思う。でも、今の私は千歌ちゃんの心も、梨子ちゃんの心も、全部わかると思うんだ。だって、ずっと一緒にいて、何度も言葉を交わしてきたんだよ。すれ違ったりぶつかったりいろいろあったけど、でも、きっと伝わるんだよ」

 想いが通じ合えたのは、すれ違ったり離れたり上手くいかなかった日々があったから。そう言って、曜ちゃんは鞄からノートを取り出す。

「もしかしたら、梨子ちゃんはピアノだけで全部伝えられるのかもしれない。でも、そうじゃなきゃいけないなんてことはないんだよ。梨子ちゃんの感じたこと、思ったことが、もし言葉足らずだとしても、言葉だけじゃなくて音もあるし、ダンスもあるんだよ。言葉だって、一言じゃ伝わらないかもしれないけど、それなら繰り返せばいいよ」

 衣装だって、伝えるための道具になるんだよって笑って見せた曜ちゃん。敵わないなあって思うと同時に、だいぶ悩みが晴れた気もした。

「私が前に梨子ちゃんの事大好きって言った時さ、あんな文字にしたら軽い言葉でも、私の想いは梨子ちゃんに伝わってると思うんだ」

 それは今でも変わってないよって付け加えた曜ちゃんのことが、私も大好きだ。

 

 外で待ってるよって言って曜ちゃんが出て行くと、私は音楽室で一人。

「大好きだよ」

 小さく呟いてみる。そういえば、曜ちゃんが言ってた私の東京行きの話の前。千歌ちゃんにも同じ言葉を伝えたなぁ。

「ダイスキ」

 そういえば、初めて舞台に立った時に歌った曲は、『ダイスキだったらダイジョウブ!』だった。そうだな、あの時、好きだったピアノをもう一度好きになるために始めたんだっけ。

「大好き」

 今、私にとって大好きなものを数えてみる。浮かんできた景色、浮かんできた人たち。内浦にきて、千歌ちゃんや曜ちゃんに出逢って、Aqoursになって、私の世界は変わった。空も、海も、学校も、ここに住む人たちも、遠くにいるライバルも、Aqoursも私の中でたくさんのものが大切な宝物になって。

 伝えたいって思った。あの日、千歌ちゃんに伝えたみたいに。曜ちゃんから伝わったみたいに。不器用だってかまわない。曲もある。踊りもある。衣装もある。一緒に伝えてくれる仲間もいる。ちゃんと受け取ってくれる人たちだっている。

 

 そう思ったら、聴こえた気がした。いや、聴こえているんだ。私の今奏でたい旋律と、届けたい言葉が。それは私の大好きなこの場所のように、優しく撫でるように流れていく。その場所には、私がいる。私の愛する人たちがいる。波の音や、風の温かさが、私たちを支えてくれたように、今私が生み出す音たちは、きっと言葉足らずな私の想いをちゃんと伝えてくれるはず。だから、別にきれいな言葉じゃなくてもいいから、私の飾ることのない正直な気持ちを、そのまま文字にすればいい。

「大好きだよ」

 その言葉から、色んな想いが溢れてくる。何となく感じていた音たちが、『大好き』の文字を通して聴けば、私の中に眠っていた想いたちを誰よりも雄弁に語っている気がする。繰り返すたびに新しい意味を産む『大好き』。何度でも何度でも伝えたいと思った。

 伝えたい。みんなが大好きだって。当たり前のように側にいてくれた人たち、当たり前のように、ずっと変わらず私たちを迎えてくれるこの場所。支えてくれてありがとう。受け入れてくれてありがとう。

 ペンがスラスラと走る。大好きから産まれた言葉は、『ありがとう』だった。そんなにかっこよくないし、技巧を凝らしたわけでもない。でもそれは私の素直な気持ち。

 愛しんで、感謝して、それだけじゃない。ちゃんと報告もしたい。ちゃんともう一度大好きになれたんだ。色んなものを大好きになれたんだ。

 

 気が付いたら、曲ができていた。歌詞も書き終わってた。スイッチが入って一心不乱に書き進めている時の千歌ちゃんを思い出した。ああ、もしかして、実はいつも曲を作っているのとあんまり変わらないのかもしれない。くすっと笑うと、私は待たせている曜ちゃんのところへ向かおうと、楽譜とノートを片付け、鍵盤蓋を閉じた。

……いや……。私はそこで一度手を止める。私がスクールアイドルを始めたとき、探してたもの。なんとなく魅かれたもの。そして、見つけたもの。キセキだって思えたもの。ちゃんと、その意味を見つけたよ。そう思いながら最後にノートに書き足した言葉は、きっと私の人生で一番美しいものだと思う。

 

 

 そして、ついにライブ当日。無理させてごめんねって最近何度も謝ってくる千歌ちゃんは、案の定直前にも謝ってくるけど、いつものように、この機会があって嬉しいよって言って手を握った。たぶん、このやり取りを繰り返すうちに、それが本心だって伝わってると思う。

 曜ちゃんとルビィちゃんが作ってくれた真っ白なドレスを着て。果南さんたちが作ってくれたダンスを覚えて。そして。

 その時がやってきた。みんなと一緒に、大好きを伝える時が。言葉と、音楽と、ダンスと、歌と、みんなと、みんなで。

 

伝えようか、みんなで。

 

伝えようか、みんなに。

 

大好きだよって、ありがとうって。

 

そして……逢えてよかったなって。

 

 

出逢いの意味、見つけられたよ。だから、 Thank you, FRIENDS!!