前回
雨が降った後、空気中の水滴が太陽の光を分解して屈折させて虹ができるって、すごく有名な話。私はそれを始めて聞いた時、少しだけ悲しいなって思った。
私たちが綺麗だと思っている虹は、もともとあった光が、歪められて、バラバラにされた成れの果てなんだって。
まるで、みんなにいい顔をして愛想を振りまく誰かさんみたいだねって。
信じてみようと思ったキセキ。現実は、運命は、いつだって非情で、何度も何度も牙を剥く。何とか開催にこぎ着けた学校説明会。安心も束の間、変更された日程は、ラブライブの地区予選と同じ日だった。どうしてこんなに理不尽なんだろう?
「現実的に考えて、説明会とラブライブ予選、2つのステージを間に合わせる方法は…1つだけ!予備予選出場番号1番で歌った後、すぐであればバスがありますわ。それに乗れれば、ギリギリですが説明会には間に合います。」
「24番!」
「不死…フェニックス!」
クジを引く役目に指名された私だったけど、善子ちゃんがどうしてもって言うから任せてみたけど、任せてよかったかな、って思った。みんなの期待と責任を背負えるだけの強さは、私にはないから。だから、ごめんね。ありがとう。そんな気持ちになる自分が、ちょっと嫌いになった。
私たちの道は、2つ。今まで私たちを支えてくれた学校のために、説明会に来てくれた人の前で歌うか、これからの私たちの夢のために、ラブライブの予選で歌うか。どちから1つだけなんて、決められるはずがないよ。だって、私たちの輝きは、みんなに支えているから探しに行けるのに、みんなを見捨てられるはずなんてない。
前にもこんな事があったよね。私は、私の過去と決着をつけるために、ラブライブの予備予選に出ずにピアノコンクールに行った。あの時は、みんなが後押ししてくれて、曜ちゃんとの距離も縮まって、たぶん正解だったと思う。
でも、今はそうじゃない。あの時の私は、私たちは、全力で輝こうとしていたんだって、断言できる。
梨子ちゃんがいないから、いなくなって始めて分かった事があったし、それで得たものをちゃんと力にできたから。“勝負”に行った梨子ちゃんを、信じて待っている事。それが私たちの強さにできたから。あの時歌った「想いよひとつになれ」は、妥協なんかじゃない。私たちの全力だった。
だけど、今私たちがやっている事は、妥協なんじゃないかな?
でも、他に方法が無いなら、これが全力なんじゃない?
Aqoursを2つに分ける事を提案したのは私。たぶんみんなも考えてはいたんだと思うけど、これを言い出せるのは私だけだと思ったから。
本当に良かったのかな?
良くはない。けど最善の策を取るしかない…
私達はキセキは起こせないもの
この前のラブライブの予選の時も学校の統廃合の時も…
だめ。その後の言葉は聞きたくない。
私達はキセキは起こせないもの。
やめて。やめてよ。
だから、その中で一番良いと思える方法で精一杯頑張る!それが私達じゃないかって、思う…。
飛び込みも、ピアノも、逆転劇なんてない。勝つべく者が勝つべくして勝つ。本当は信じていたかった。もしかしたらキセキを起こせるかもしれないって。でも、ずっとキセキの起こらない舞台に立ってきた梨子ちゃんと私だからこそ、いっそう強く思い知らされるのかもしれない。キセキなんて起こらないんだって。
でもね。千歌ちゃんなら。千歌ちゃんならキセキを起こせるかもしれない。いや、起こしてきたんだ。千歌ちゃんと一緒にいて、私の運命がどれだけ変わってきたのか知ってる?今ここに私がいるのは、千歌ちゃんがいるからなんだよ?それは梨子ちゃんも同じだと思うし、梨子ちゃんにだって、私の運命は変えられてきたから、だから、それでも私はキセキを信じたい。
梨子ちゃん、お願いだから、キセキを起こせないなんて言わないで…。お願いだから…。
唯一の方法で、これでラブライブ予備予選を突破できなかったら、今度こそ全てが終わる。それなのに私は、妥協案を口にしてしまう。仕方ないよ。これでやるしかないんだから。正直、9人揃わない私たちが、予選を通過できるとは思わない。だって、前と違って、今回は妥協なんだもん。全力じゃない。他のグループは全力でパフォーマンスをするのに、妥協した私たちが勝てっこない。そんなの、私が一番知ってるはずなのに。仕方ない。妥協して全力でやるしかない。これで勝てなかったら…それも運命なのかな。
結局二手に分かれて歌うことを決めた私たち。たぶん、答えとしてはこれが一番で、正解なんだと思う。
でもね梨子ちゃん。キセキっていうのはね、いつも正解とは違う道なんだよ。
みっかーーん!
運命の歯車が狂っていく。
定められた未来が少しずつ崩壊して行って
そして何処にたどり着くのか、誰も知らない。誰にも分からない。
キセキなんて起こせないと思ってた。
それでも私は、今行く正解じゃないこの道が、キセキへの道だって信じていたい。
予備予選当日。ステージに立った私たちに対して、歓声は上がらない。今まで支えてくれた人たちは学校にいて、ここにはいない。千歌ちゃんのお姉さんたちは来ているみたいだけど、浦の星の子の姿は全然見えなくて。私たちはこれから、たった5人で、全力を出しきれない状態で戦わなくちゃいけないんだ。
勘違いしないように!
やっぱり、私達は一つじゃなきゃね!
…みんな!!!
私は見逃さなかった。ステージに入る前、梨子ちゃんの指先が僅かに震えていたのを。やっぱり、言い出した以上、責任を感じてたんだと思う。5人で歌って、予備予選を突破できなかったら、悪いのは自分だって。
自分だったらどうしただろうって考えてみた。たぶん、同じことをしていたんじゃないかな。同じ場所を目指しているのに、自分は待っているだけなんて、そんな事できないもん。
だったら。さっきまで震えていた指先。ぎゅっと握りしめて、胸に誓う。今私たちの走る道は、決して正解なんかじゃない。でも、その妥協しなくて正解じゃない道を全力で駆け抜けるんだ。
本当の意味で、全力で「MY舞☆TONIGHT」を歌い切った私たち。巻き起こる拍手と大歓声。見たか。これが、私たちの、Aqoursの全力だ。
そして、ここから、第2の戦いが始まる。
ここからが勝負だと発破をかける梨子ちゃんも、たぶん同じ事を感じていると思う。
行くよ。
みんな、無茶だって事は分かってる。鞠莉さんや果南ちゃんも、来たはいいけど戻れるとは思ってなかったんだと思う。でも、私は、そんな無茶をする千歌ちゃんを信じる。
千歌ちゃんなら…もしかしたら…。
違う。千歌ちゃんだけじゃないよ。
走って、走って、たどり着いたみかん畑で待っていたのは、浦の星の制服と、よく見た顔。
細い細い道が、勝ち筋が、そして、それを信じる人たちの想いが、たった1つの未来に向かって少しずつ繋がって行く。
今向かう未来が、キセキなのかなんて誰にも分からないけど、細い細い勝ち筋に、偶然が更に重なって。
遅くて使い物にならないと思ったトロッコ。でも、ブレーキが壊れて一気に加速して、私たちは凄まじい速度で山を降りて行く。
ねえ梨子ちゃん。もし千歌ちゃんが無茶な事を言い出さなかったら、むっちゃんのトロッコなんて使えなかったし、こんなスピードで山を下るなんてあり得なかったんだよ?
トロッコを降りて、時間が迫る中、私たちはラストスパートで走る。途中、雨に降られて、スピードが落ちるのを感じる。
キセキは…起こるのかな?
やっぱり私はキセキっていう言葉が嫌いなんだなあって。時間が迫って来て、不安が大きくなってきて。最後の最後で、やっぱり信じきれない。
大丈夫だよ。私は梨子ちゃんの横に並んで、手をそっと握る。だって、私たちはひとりじゃないから。予備予選で歌っていた時も、今学校に向かって走るこの瞬間も、いつだってみんなが支えてくれているんだよ。支えてくれているから私たちは走る。私たちが走るからみんなが支えてくれる。
私、思うんだ
キセキを最初から起こそうなんて人、いないと思う
ただ一生懸命、夢中になって、何かをしようとしている
なんとかしたい、何かを変えたい!それだけのことかもしれない!
だから…
起こせるよキセキ!私達にも!
狂い始めて、そして暴走していた運命の波が、ひとつになっていく。
たったひとつの未来を目指して集まっていくそれぞれの想いが、細い細い勝ち筋が、いつしか必然性を帯びて、大きなうねりとなっていく。
確実に変わっていく未来。そしてそこに私たちを導くたくさんの想い。
起こるかな…キセキ。
雨が降った後、空気中の水滴が太陽の光を分解して屈折させて虹ができるって、すごく有名な話。私はそれを今空を見上げて、ハッとした。
私たちが綺麗だと思っている虹は…
起こるよ!
だって…だって!
虹がかかったもん!
細くて色を持たない道に、みんなの想いが混ざり合って出来た、勝利への架け橋だったんだ!
隣を走る梨子ちゃんの表情から不安が消えたのが分かった。梨子ちゃんだけじゃない。今Aqoursが駆けるのは、もう無茶な道なんかじゃない。キセキへ向かう虹なんだ。
いっけ…いっけええええええ!!!
虹色の道を踏みしめるたびに、どんどん足取りが軽くなっていく。無敵の光が前身を包むから、もう邪魔ものなんてない。だから、もう迷わない。
見えた!これが私たちのキセキ…私たちのミライだ!!!
今ミライ変えてみたくなったよ。
だって…僕たちはまだ夢に気づいたばかり!
私たちが行く道は、正解なんかじゃない。
ただただ、「心が輝く方へ」向かうだけなんだ。
だから、キセキは、本当に起こるんだね。