輝きって、何だろう?
みんながいれば、みんなが一緒なら何でも出来ると思っていた。一度は掴めると思っていた光は、今は遠くて、消えそうで、儚いもののように思われて。
あれ、あの時の私、泣いてたんだっけ?覚えてないや。
「えぇ〜、ち、千歌ちゃん来てないの」
「きっと寝坊したんじゃないかな?まっ、たぶん大丈夫だよ」
曜ちゃんと話しながら向かう全校集会。朝から何回か、地区予選残念だったねって話しかけられたけど、全部に笑顔で返す曜ちゃんを見て、敵わないなぁって思うと同時に、やっぱり自分は何処かでまだ引きずってるんだなあって事を自覚したりする。子犬みたいな背中がちょっと頼もしく見えて、すこし眩しく思った。
「ん?梨子ちゃんどうしたの?」
「…ハッ!な、なんでもないのよなんでも。アハハハ…」
顔に…出てた???
曜ちゃんの後ろに並んで、ステージの上の鞠莉さんを見上げる全校集会。毎日ほぼ学校には来ていたけど、こうやって全校生徒揃うのは久しぶりだなと思った。まあ、全校といっても、約1名ほど足りないんだけど…。そんな事を考えながら、なんとなく1年生の方に聞き耳を立ててみると、ラブライブの地区予選の話をしているのが聞こえた。やっぱり、そんな簡単に切り替えられるほど、私たちは強くはないみたい。私もあの子たちと同じように、まだ負けた事を引きずってるんだなって。もしかしたら舞台上で謎の騒ぎを繰り広げてる3年生たちも、心のどこかでは引きずってるのかもしれないし、そんな素振りを見せない曜ちゃんも、隠すのが上手いだけなのかも知れない。
「本日発表になりました。次のラブライブ!が。」
壇上でそう話す鞠莉さんが、私の知らないところで何度も涙を流しているのを私は知っている。あのおちゃらけた表情の裏に、彼女もまた気持ちを隠しているのだろう。未だ気持ちに整理がつかない私には、その強さが眩しい。
そんな想いから目を背けたくて、無理に笑ってみようとした時に、後ろからドアを開く音がした。ねぼすけさんが現れたみたい。
「千歌ちゃん!どうする?」
曜ちゃんの言葉に、私は聞くまでもないけど、と続ける。私が憧れた千歌ちゃんはそういう人だと思うから。いや、そういう人であって欲しいと、私が信じてるから、なのかな。
「出よう、ラブライブ!」
ああやっぱり。
「そして、1を10にして、10を100にして!学校を救って…。そうしたら、私達だけの輝きが見つかると思う!きっと…!輝ける!!」
みんなみんな、すごく強いんだなって、そう思った。
夢を叶えたいから、いつでも諦めないって、どうしてこんなに強く語れるのだろう。千歌ちゃんの、曜ちゃんの、ルビィちゃんの、鞠莉さんの、ダイヤさんの、花丸ちゃんの、果南さんの、善子ちゃんの、躊躇いの無いその笑顔が眩しくて、眩しくて、羨ましく思った。
だから、自分もこうありたいと思うし、こうならないといけないって。
ちょっとだけ、前を向けそうだなって思えた、そんな時の事。
説明会は中止。浦の星は正式に来年度の募集をやめる。
そんな…いきなりすぎない?
そうずら、まだ2学期始まったばかりで…。
生徒からすればそうかもしれませんが、学校側は既に2年前から統合を模索していたのですわ…。
鞠莉が頑張ってお父さんを説得して、今まで先延ばしにしていたの…。
あたまがまっしろになった。
今まで、何度も理不尽を感じてきた。物語の世界と違って、どんなに頑張って、どんなに強く願っても、現実は非情で、理不尽で、残酷なもの。だからこそ、逆転があるんだと思うけど、逆転の数だけ、理不尽があるんだって思う。
私はキセキっていう言葉が嫌いだ。
努力した人がいつでも勝つわけじゃない。
頑張らなかった人だって勝利は掴める。
そういう理不尽に、何度も何度も泣いて、泣いて、そしてここまで来れたんだって思ってた。残酷な世界を前に、震える手を握ってくれる人たちがいるから、私は強くなれる、輝けるんだって。そう思ったから、変われたと思った。そんな人たちと一緒だから、前を向けるって、そう思ってた。
手を取り合う事すら許されないの?
戦う事すら許されないの?
嫌だよ。
こんなとこで終わりたくないよ。
負けたくない。
負けたくない。
でも、どうしたらいいの?
マイナスの感情が溢れてくる。前が向けない。前を向かせてくれない。この理不尽に対する憤りも、悔しさも、全部行き場がなくて。どうしたらいいのか分からなくて。
進むべき道が見えないよ。どうして前に進めないんだろう。
私の輝きは、心から溢れ出してるのかな?
出会いの意味はなんだったんだろう?
今の私の心は輝いているのかな?
教えてよ。誰か教えてよ。
海を一人で見つめる千歌ちゃん。たぶん千歌ちゃんも迷ってるのかな。風にあおられてぐぢゃぐぢゃになった髪を治すこともせずに、ただ砂の上に座っている後ろ姿は、なんだかか弱いものに見えた。
それでも。
「わたしね、こうなったのは、もちろん残念だけど、ここまで頑張ってこれてよかったって思ってる。東京とは違って、こんな小さな海辺の町の私達が、ここまでよくやってこれたなって。」
私は、千歌ちゃんを頼った。嘘を吐いた?本音を言った?分からないよ。自分の気持ちも、自分がどうしていいのかも分からない。今までやってきたことをなぞるかのように?傷を舐めるかのように?それさえも分からない。
否定してほしい。
こんな私をぶん殴ってほしい。
汚い言葉で罵って、睨みつけて欲しい。
軽蔑された。違うの。そうじゃないの。もっと強い言葉が欲しいの。
壊して欲しい。ぶっ壊して欲しい。こんなに弱くて、迷ってばかりで、消えてしまいそうな私を殺して欲しい。
弱い言葉は要らないの。軽蔑されて、見捨てられて、それだけじゃ嫌なの。
「がおーー!うふふ、ピッドガー!普通怪獣リコッピ―だぞー!くらえ、梨子ちゃんビーム!」
弱い千歌ちゃんに笑って欲しかった。自分にそうやって言い訳した。違う。そんなんじゃない。倒して欲しい。完膚なきまでに、八つ裂きにされたい。
こうだっけ?ってふざけてみせる私に、後ろからふふって声が聞こえた。なんだろう。なんでか分からないけど、なんとなくそれで救われた気がした。
だから、無意識のうちに本音が出た気がする。
「私だって、Aqoursのメンバーよ。皆とこれから一緒に歌っていこうって、曲もいっぱい作ろうって思ってた…。いいなんて思う訳ない、これでいいなんて…。どうすればいいか分からないの…。どうすればいいか…。」
一番この言葉を言いたかった相手は自分だったのかもしれない。
その日、なんとなく千歌ちゃんに合わせる顔がなくて。千歌ちゃんに私のピアノを弾くところを見られたくなくて。
なんとなくやって来た夜の浦の星。
誰にも聴かれることの無い音を私は奏でる。いや、私だけしか知らない音、なのかな。
ユメノトビラ ずっと探し続けて。
君と僕とで 繋がりを探してた。
1つ1つの音を、歌詞を噛み締める。あの時千歌ちゃんが。あの時私が感じた物ってなんだったんだろう。何となく答えが見つかる気がして。答えというか、今自分が探しているものが見つかる気がして。
無心で歌い続けて、奏で続けて。最後の鍵盤から手を離して、ため息を吐「素敵な歌だね。」「ヒェーーーーーーーーーッ!!!」
日付が変わる時間帯の学校でピアノ弾いてる私も充分怪しいと思うけど、真夜中の学校で不意に後ろから話しかけられたら、さすがにびっくりするよ。鞠莉さん。
頰を膨らませる私に、鞠莉さんはごめんごめんって笑った後、そっと隣に座る。
「前にダイヤが言ってたの。このユメノトビラって曲、作る時、衣装も歌詞も曲もみんなスランプになるぐらい、大変だったらしいって。」
今の私たちみたいだね、って笑ってみせる鞠莉さんの目元が赤くなってるのに気づいた。
「この曲を作った西木野真姫って人、こんな曲も作ってるんだって。誰かさんのこと思い出さない?」
「君がくれたKISEKIって…これ千歌ちゃんの事思い出すね。」
ふふふって二人で笑いながら、鞠莉さんのスマホから流れる歌に酔いしれる。それは強くて、強くて、とても力強くて。千歌ちゃんに誘われて、曜ちゃんと3人で踊り切った後や、ピアノコンクールで無事に弾ききれた後の私みたいで。どうしてだろう?私はキセキなんて無いと思うのに。どうしてこんなに強いんだろう?
「私たちこれからどうなるのかな。」
ふと漏らした鞠莉さんの声に、私は何も言えなかったけど、でも、なんとなく、答えに少しだけ触れたような気がした。
「もうちょっとだけ、梨子のピアノ、聴かせて。」
笑ってみせた鞠莉さんと、二人だけの音楽室。あんまり言葉を交わすことはなかったけど、それでも、音楽を通じてお互いに抱えてるものが通じあったかなって、そんな気がした。
家について、ベッドに入ってもなんとなく眠れなかった。なんだろう。鞠莉さんと話してて、少しだけ触れたような気がしたものが気になって。
動画サイトで君がくれたKISEKIを探して、聴いてみる。やっぱり強い歌声が私を震えさせる。どうしたらこんなに強くなれるんだろう。ぼーっと画面を見つめていたら、関連動画の欄の文字列が目に飛び込んできた。
「こんちきしょうめ?」
何気なくクリックしたその文字列は、ずっと私が求めていた答えなのかもしれない。
TVアニメ『デュエルマスターズVS』主題歌 ガガガSP「こんちきしょうめ」 - YouTube
私は臆病者だった。一度つまづいて、打ちひしがれてから、また同じく敗者として地に這い蹲るのが怖かったんだ。
私は臆病者だった。勝ちたかったんじゃない。負けるのが怖かったんだ。
一度挫けただけで、諦めていた。おしまいだと思っていた。
地区予選で負けて、説明会も無くなって。だからおしまいだって、もう何もできないって諦めきっていた。
もう逃げない。
何度でも何度でも何度でも。未来なんてひっくり返してやる。
次の日、何かに導かれるようにやってきた校庭で、怪獣の咆哮を聞いた。そこに迷いは無くて、ただただ決意と覚悟だけが、この世界を支配していた。そして、その場にいた全員に同じ覚悟があった。私の知らないところでも、私と同じようにみんな悩んだのかな。それとも、最初からその気だったのかな。でも、今は全員同じ答えにたどり着いた。
足掻いてやる。最後まで足掻いてやる。
世界に宣戦布告、いや、勝利宣言する千歌ちゃん。
「無駄かもしれない…けど、最後まで頑張りたい!あがきたい!ほんの少し見えた輝きを探したい…見つけたい!」
私はキセキって言葉が嫌いだ。今まで自分が積み上げてきた努力が、今この手の中にあるものが、理不尽な偶然で崩れ去ることが怖かったんだ。
それでも、今の私は
「キセキを。」
ちょっとだけ、信じてみたいと思った。